『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.52

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ありて、はや此所へ成たるよし、頭辨申侍れは、關白殿くたり立て、中門の下, し給はんれうとそ、此外參たる人も侍らす、勘解由小路一位入道おや子、と, 今度はひたすら、たゝ早參を本とし給へるゆへにや、さやうのさたまても, う〳〵明行まゝに、宮達をはしめて、諸門主、公卿、殿上人なとしたいに參り, たよはぬとそ奉る、中納言中將殿もたなしく參り給、これは騎馬にて供奉, りあひて、今一きはの見所そひて、いつれもてりかゝやくはかりなり、や, 所にわたらせ給ひて、申次も候ぬよし申けれは、關白殿まつ堂上し給ふ、や, 隨身御前をゝふ、さたまりたる事とかや、舞蹈はてゝ又堂上有て、公卿の座, くより祗候して、次第のことくもよほされけり、頭辨下あひて、また南の御, つとはれたり、右大將も拜賀とて進出給ひしか、是も中門の廊にのほり給, にてふたうし給ふ、申次内藏頭教興朝臣也、はしめと後との二拜の時は、御, に著給ふ、左のおとゝ、内のおとゝも同しく此所にて出御を待申さるゝ體, さなから花紅葉をこきちらしたり、御庭の木立、山のすかた、池の心もうつ, 白の拜賀に、扈從の公卿、殿上の前駈なとなきことは、先例もなく侍れとも、, 門跡上童いし〳〵われをとらしと出立たれは、堂上堂下, ふ、, ○四月二十二, 日ノ條參看、, 同兼宣, 門主, 諸門跡諸, 一條良忠, 廣橋仲光, 今出川公, 行, 近衞良嗣, 應永六年九月十五日, 五二

割注

  • ○四月二十二
  • 日ノ條參看、

頭注

  • 同兼宣
  • 門主
  • 諸門跡諸
  • 一條良忠
  • 廣橋仲光
  • 今出川公
  • 近衞良嗣

  • 應永六年九月十五日

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  • 五二

注記 (28)

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