『大日本史料』 7編 5 応永8年5月~同9年12月 p.652

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位のはしめ、彼梨壺の歌仙におほせて、萬葉集をよみとかしめし例をうつ, 抄と號せり、しかあるのみにあらす、伏見仙院坊におはしましゝ時、問題を, 左右にたてまつらしめて、論談のかちまけをあらそはせられ、後醍醐院御, まなひし昔より、椎かもとのやとりをし侍るいまにいたるまて、みとりの, 袖の色のかはらぬ歎をわすれて、紫の筆の跡にそむる心さしをあらはさ, されけるにや、黒戸の人數を定て、五十四帖を講釋せらるゝ義ありしに、先, の末をうけて、遙に惟光、良清か風をしたふいやしき翁あり、桂を出る道を, 々に難義を注して、奧入と名つけ、大監物光行は、家々の口傳を抄して、水原, 顧問にあつかりて、しは〳〵祕説を奏しき、爰になましゐにわかむとをり, 〔鹿苑日録〕明應八年八月二日、, 光源氏物語は、寛弘のはじめに出來て、康和の末にひろまりにけるより、世, 々のもてあそひ物として、所々の枕ことゝなれり、その中に、中納言定家卷, 今日則松岩寺殿之諷經也。, 〔河海抄〕, 師忠守朝臣七の流の底の心を極て、九かさねの撰に應せしかは、しきりに, 是亦四辻宮候人也、與冬雅旁輩也、是亦晩出家也、, ○中, 略, ○下, 略, 著書, 遠夜諷經, 河海抄, 丹波忠守, ヲ師トス, 應永九年九月三日, 六五二

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  • 著書
  • 遠夜諷經
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  • 應永九年九月三日

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  • 六五二

注記 (27)

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