『大日本史料』 7編 13 応永16年雑載~同17年12月 p.279

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由來記〕, しあるへく候也、, るものはなし、然といへとも公此旨を聞給ひ、是まて〓參尤以神妙也とて、異儀なく, 對面したまふ、久豐祝言として、青銅其外種々進獻、佳會已に過て而後歸鞍す、依之, 一應永十七年、元久公上洛治定に依て、その粧ひ已になる、, といへ共、愚意を達せは是幸也とて、不圖油津に參〓す、公の供奉の人々驚動せさ, ねの方よりのほり候、此内一くわんもんいや三郎との方へまいらせたく候、御つかは, の障たるへし、所詮油津に行て旅館を扣き、前日の非を改めむと欲し、縱見參なし, し、日州油津に到著し給ふ、是に修理亮は、公在洛之際、我を疑の心を以て、胸臆, 田元親等、無二の忠功を致へきの旨連判之起請文を捧く、而後元久公鹿兒嶋より進發, てめし候へく候、せいせんをとらせて候、よきをめし候へく候、又二十くわんあかい, 納近江・佐多入道・北郷入道・糀山入道・山田入道玄威・執事平田入道玄親・上井入道・本, 然といへ共、修理亮久豐山東に居住する故に、心に快からす、是を以在國の族ら新, のゑもんニあつらへ候、きやうとにてまいらせ候へきよしを申候て、うけとりて, 候くわんのほせ候、以上百九十くわんにて候、此内四十三くわんは、つほ, おう永十七年六月一日, }, おう永十七年六月一日のゝみ〓, 應永十七年六月十一日, 西目, 東目, 十一下所收, ○舊典類聚一一, 精錢, 應永十七年六月十一日, 二七九

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  • 西目
  • 東目
  • 十一下所收
  • ○舊典類聚一一

頭注

  • 精錢

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  • 應永十七年六月十一日

  • 二七九

注記 (26)

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