『大日本史料』 7編 21 応永21年12月~同年雑載 p.122

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是冬、足利滿詮、小河第ニ於テ和歌會ヲ催ス、, むきを詩の家にまなひ、有時は花をめて、鳥をうらやみて、出雲八雲のおこりを大和歌の道, を出て東山の雲に耕す老夫に、難波津のよしあしをわくへきよしさためらる、幼壯のむかし, としすてにふかし、固辭たひかさなるといへとも、懇命つゐにのかれかたし、次のとしむ月, にたつねし比たに、心の泉みなもとあさく、こと葉の花にほひすくなかりき、いはむや今雪, 山に跡をかくし、少林に機をわすれて、孔文の耳したかふよはひ遙にすき、〓江の才つくる, 歌の道に心さしあるかきりを集めて、その數十四人、をの〳〵百首を詠して千四百首得たり、, 左右にわかちて七百番とす、此歌合の判者世に人なくやは有へきに、はからさるに北闕の塵, のすゑつかた、そのかちまけをしるし終ぬ、抑もろこしの詩も、代によりてその躰しは〳〵, 理庭にわしり、驚ゆくにましはりて、ある時は雲をあつめ、螢をひろひて、正風變風のおも, かはれりといへとも、風雅のもとのすかたは露かはらす、この故に、湊浪の詩法耳五俗をの, 應永廿一年の冬の比、小河の甲第をひらかれて、貴賤緇素をいはす、輩後學をえらはす、大和, 〔七百番歌合序〕, 七百番歌合序, 七百番歌合序耕雲, ○宮内廳書, 陵部所藏, 耕雲, (明魏、花山院長親), 右ニ分ケ七, 百番千四百, 十四人ヲ左, 明魏ヲ判者, 首ヲ得, 明魏ノ序, トス, 明魏ノ歌論, 應永二十一年是冬, 一二三

割注

  • ○宮内廳書
  • 陵部所藏
  • 耕雲
  • (明魏、花山院長親)

頭注

  • 右ニ分ケ七
  • 百番千四百
  • 十四人ヲ左
  • 明魏ヲ判者
  • 首ヲ得
  • 明魏ノ序
  • トス
  • 明魏ノ歌論

  • 應永二十一年是冬

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  • 一二三

注記 (29)

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