『大日本史料』 7編 22 応永22年正月~同年8月 p.63

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義滿・勝定院義持に近侍せしとき、つねに健叟を呼て士佛と稱せらる、士の字の, ため、上池院の號をたまはり其居の額とす、これよりさき、寶篋院義詮・鹿苑院, 東福寺常照菴の開基、, 祖胤、民部卿法胤、, 院につかへたてまつる、詔して、醫術扁鵠におなし、世にその功をあらはさんか, 和歌をもつて業とし、また醫術を學ひて神に通す、後光嚴院・後圓融院・後小松, 〔寛政重修諸家譜〕, におなしとのたまふ、その功を世にあらはさんかために、かたしけなくも上池院, 起宗, ○事蹟, 民部卿法印、, 略ス, 略ス, ○事蹟, 坂, 二百九十九清和源氏, 院ノ號ヲ賜, 勅シテ上池, フ, 應永二十二年三月三日, 六三

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  • ○事蹟
  • 民部卿法印、
  • 略ス
  • 二百九十九清和源氏

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  • 院ノ號ヲ賜
  • 勅シテ上池

  • 應永二十二年三月三日

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  • 六三

注記 (21)

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