Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
百年に成申候、根ノ井と申侍、浪人分にて、矢島へ下り、地頭とてもなく、百, ともあまたあり、夫に付矢島五郎先祖義久は、是非に信州より下る、其節, は、萬事五郎か下知に隨ひ、軍塲へも出る、矢島にては、か樣申傳候、就去矢, 島と仁賀保、又は瀧澤、子吉、玉米、此四ケ所へ、矢島より軍取詰候へ共、十二, 姓共、我勝なる樣子見屆、信州へ登り、木曾義仲公之末葉小笠原大膳大夫, 家臣も付添下る、矢島の由來は、應安元己酉年より、應仁元丁亥年迄の内, 義久を連下り、矢島の地頭に立て、根ノ井も、矢島を三ツ一知行して、義久, 家臣筋に候へは、三歩一の知行も押取り、根ノ井舘より、米ノ澤へ押込、召, 義滿代にも、根ノ井をは、大切に仕候得共、滿安代には、元根ノ井は、木曾の, 羽陽由利郡ハ、鳥海山ノ北百五十里ニ有、〓, 宅、米ノ澤、上猿倉三ケ所、わづか計を知行させ置事、其隱れなく、五郎代に, を大將にして、居住仕る事僞り無、是段、古人とも申傳候、就夫義久代にも、, のよし、一統に申候、仁賀保殿籏大將と申なし、乍去、信濃より下り申證據, 頭の内にて、面々軍は一ツも無之候、, ソレヨリ以來, 由利十二黨事, 〔奧羽永慶軍記〕, 〔奧羽永慶軍記〕〓由利十二黨事, 中略、建武、觀應頃, 記事ニ係レリ、, 十, 八, ヲ信濃二, 根之井氏, 矢島義久, 迎フ, 應仁元年是歳, 五四七
割注
- 中略、建武、觀應頃
- 記事ニ係レリ、
- 十
- 八
頭注
- ヲ信濃二
- 根之井氏
- 矢島義久
- 迎フ
柱
- 應仁元年是歳
ノンブル
- 五四七
注記 (28)
- 1482,800,62,1979百年に成申候、根ノ井と申侍、浪人分にて、矢島へ下り、地頭とてもなく、百
- 1703,808,60,1968ともあまたあり、夫に付矢島五郎先祖義久は、是非に信州より下る、其節
- 725,819,66,1963は、萬事五郎か下知に隨ひ、軍塲へも出る、矢島にては、か樣申傳候、就去矢
- 618,807,63,1971島と仁賀保、又は瀧澤、子吉、玉米、此四ケ所へ、矢島より軍取詰候へ共、十二
- 1371,797,67,1981姓共、我勝なる樣子見屆、信州へ登り、木曾義仲公之末葉小笠原大膳大夫
- 1591,799,62,1977家臣も付添下る、矢島の由來は、應安元己酉年より、應仁元丁亥年迄の内
- 1263,801,65,1977義久を連下り、矢島の地頭に立て、根ノ井も、矢島を三ツ一知行して、義久
- 940,805,66,1976家臣筋に候へは、三歩一の知行も押取り、根ノ井舘より、米ノ澤へ押込、召
- 1047,801,67,1972義滿代にも、根ノ井をは、大切に仕候得共、滿安代には、元根ノ井は、木曾の
- 290,744,63,1151羽陽由利郡ハ、鳥海山ノ北百五十里ニ有、〓
- 831,802,66,1976宅、米ノ澤、上猿倉三ケ所、わづか計を知行させ置事、其隱れなく、五郎代に
- 1155,805,65,1986を大將にして、居住仕る事僞り無、是段、古人とも申傳候、就夫義久代にも、
- 1808,804,68,1972のよし、一統に申候、仁賀保殿籏大將と申なし、乍去、信濃より下り申證據
- 508,810,60,991頭の内にて、面々軍は一ツも無之候、
- 307,2413,49,368ソレヨリ以來
- 407,1339,51,385由利十二黨事
- 380,702,95,458〔奧羽永慶軍記〕
- 379,692,95,1040〔奧羽永慶軍記〕〓由利十二黨事
- 329,1925,39,461中略、建武、觀應頃
- 288,1944,38,380記事ニ係レリ、
- 433,1214,33,36十
- 394,1214,31,33八
- 1219,399,35,142ヲ信濃二
- 1301,395,37,154根之井氏
- 1260,397,37,153矢島義久
- 1178,394,37,67迎フ
- 195,805,41,240應仁元年是歳
- 210,2403,39,113五四七







