『大日本史料』 8編 4 文明2年雑載~同3年11月 p.460

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ありと峯上次郎清春と云者に一書を呈して使者を送る、其趣は、兼て承り, 父子日比の廣言と違ひ、一戰に可及力もなく、又無下に城を渡さんも口惜, て、漸く此城に迯入て、丹波と一處に籠りけるか、成義多兵を以取圍たれは、, 成邦私云、大將の詠歌二十首、諸侍の歌八十首と、古來里見記に見へたれ, 防くへき術もなく、又逃て出へき道もなし、然る上は里見方へ申越へき旨, 共、歌をは不載、偶四五首ありと云とも、曾て和歌とは見へす、卑しくして, く思ひ、何をか品にして降參せんと思ひ付ての所望ならん、云甲斐なき敵, 及ふ里見家は、文武兩道備り玉ふ由、誠に左ある物ならは、此處の興躰を一, 興の和歌百首連ねられ、丹波か使者に送られけれは、其時眞里谷父子降人, して送り奉ると演説す、大將を始三浦安西大きに打笑はせ玉ひ、件の道觀, 時に百首の和歌に連ね玉はゝ、甲弓を外し御幕下に參り、以來君の爲に忠, 而も義理通せす、一向信し難し、夫謹て案するに、今百首村燈籠坂の海手, の所存、穴薄情けれ、よし左あらは草臥やすめに聯れよと、各々くつろき、即, に下つて城をは明渡し、城兵散々に也けり、, 勤し、永く恩下に所すへし、聊か違心有ましき證據として、峯上次郎を質と, 百首歌ニ, ツイテ, 考, 文明三年三月十五日, 四六〇

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