『大日本史料』 8編 15 文明15年正月~同年12月 p.587

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陣とす、, 合戰もなく、十月も十一月も戰陣して、むなしく過にくり、, 下の古津瀬を渡して、一戰をなすへしと評定して、十一月廿二日、上の松田, 福岡要害堅固なれは、松田勢大軍なれとも攻かた〓れは、先上の板屋か瀬、, 大川を隔て、堅固なれは卒爾に攻へき便なくて、たろひに陣取たる事にて、, 勢の先手と、下の猶原の山名勢の先手と、上下の瀬を渡し、板屋ろ瀬の敵を, 備中守、毛利太郎、赤河和泉守、出雲國には、高木惣兵衞、伯耆國にき、小鴨次郎, にも、兼て敵を福岡に引請て、打取へしと、議したる謀に相違し、松田か大軍, 山出雲守、板倉新左衞門等なり、其外安藝國の小早川等に、草井和泉守、竹原, に恐れて、軍を出さす、要害にたてこもり、亦松田方も大軍なれとも、福岡城, 介、敷名備中守、下見三郎栗原刑部左衞門尉、吉原藤左衞門尉、田尻左馬介、上, 四郎、同掃部介、石見國にき、周布屋等加勢して、其勢都合三千餘騎、十一月七, 掃部介、小越彈正左衞門尉、由谷加賀守、江田藏人佐、同與三左衞門、涌喜上野, 日に、備前國と著陣し、是も吉井の西、猶原村に陣取、猶原の東南の小山を本, これらの大勢、福岡の川より西に陣し々るを見て、浦上方, 福岡合戰の事, の城と云, 是を火鉢, 文明十五年九月是月, 五八士

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  • の城と云
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