『大日本史料』 8編 15 文明15年正月~同年12月 p.600

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

ともを聞、櫛橋、藥師寺兩人此城を落なは、誰を頼みて合戰をすへし、又さあ, 切腹せんとぬく處を、基景すろり留め、こり狂氣とや申へき、よく〳〵心得, の行末を尋〓奉るより外はなしと、落支度するも尤也、紀三郎則國き此由, 々れは、力及はす留りなかれ、則國猶死を極めて、千人萬人も落は落よかし、, の死をなす事、末代まての耻辱、此上もなき不覺なりと、堅く制してとゝめ, あらはせ奉らん爲にてこそあれ、今き守てなき籠城なれは、此城を出、政則, 此負軍ハ我一人の耻なりと、もとより覺悟の事なれは、さらは我一人爰に, 一方の大將を請て、其時に死を輕くして、軍をなさき、なとろ今の耻辱を雪, 在して、大勢是に屬する事なれは、爰を一先引取、身を全くして則宗に屬し、, を極るより外なしと、手の者とも少々引具し、夜廻りの躰にて立出らるを、, きたたはさらん、其遠慮もなく、かりそめの耻辱を忍ひろて、死をなし給, はゝ、本意をと考さる上に、後代に嘲哢を殘したたはん、能考へたたへと、言, 給へ、此合戰にて事散すへくは、覺悟あるも尤といふをし、既に則宗播州に, まはとて、此城を去て、何くにありて本意を達をん、所詮其兩人と指違へ死, 伯耆守基景是を見て申べるき、目の前にある大敵を閣て、同志討して大將, 文明十五年九月是月, 六〇〇

  • 文明十五年九月是月

ノンブル

  • 六〇〇

注記 (17)

  • 1601,672,72,2186ともを聞、櫛橋、藥師寺兩人此城を落なは、誰を頼みて合戰をすへし、又さあ
  • 792,681,72,2190切腹せんとぬく處を、基景すろり留め、こり狂氣とや申へき、よく〳〵心得
  • 1713,673,73,2185の行末を尋〓奉るより外はなしと、落支度するも尤也、紀三郎則國き此由
  • 1019,686,75,2191々れは、力及はす留りなかれ、則國猶死を極めて、千人萬人も落は落よかし、
  • 1133,681,72,2176の死をなす事、末代まての耻辱、此上もなき不覺なりと、堅く制してとゝめ
  • 1830,670,68,2186あらはせ奉らん爲にてこそあれ、今き守てなき籠城なれは、此城を出、政則
  • 904,679,74,2187此負軍ハ我一人の耻なりと、もとより覺悟の事なれは、さらは我一人爰に
  • 440,698,75,2174一方の大將を請て、其時に死を輕くして、軍をなさき、なとろ今の耻辱を雪
  • 563,679,73,2201在して、大勢是に屬する事なれは、爰を一先引取、身を全くして則宗に屬し、
  • 1361,672,75,2203を極るより外なしと、手の者とも少々引具し、夜廻りの躰にて立出らるを、
  • 328,690,69,2183きたたはさらん、其遠慮もなく、かりそめの耻辱を忍ひろて、死をなし給
  • 212,698,71,2169はゝ、本意をと考さる上に、後代に嘲哢を殘したたはん、能考へたたへと、言
  • 677,679,75,2191給へ、此合戰にて事散すへくは、覺悟あるも尤といふをし、既に則宗播州に
  • 1485,675,72,2186まはとて、此城を去て、何くにありて本意を達をん、所詮其兩人と指違へ死
  • 1245,674,76,2191伯耆守基景是を見て申べるき、目の前にある大敵を閣て、同志討して大將
  • 1942,727,46,380文明十五年九月是月
  • 1957,2395,44,127六〇〇

類似アイテム