Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
詩の句を取給ふと云々、東亂記、管領記ニ有之、, て、同國豐嶋郡江戸の館に移玉ふ、勝れたる名地にて、山なしといへ共四, り、聊國を治と云共、眞實に非す、山内殿大名成といへ共、昌賢入道死去の, ひらる、其頃資長公武州荏原郡品川の館に住居し給ひしか、異夢の告有, へ諸大名の順付へき事疑なし、いろにもして名城を取、多勢を籠んと宣, 付三ケ所之城壘を築給ふ、道灌公常に古今諸家之兵書をよみて、軍法の, 後は、彼流も一人として善政をなすものなし、慾深くして君臣の禮正か, 邊見くたし、又入海有て、諸國往還の便有、誠と目出度所なまはとて、此城, らす、人の國を我者にせんと貪る事多し、國家の亂近かるへし、然者當方, 道に達して、城郭の地を知給ふ、故に軍の師範と稱ス、常に江戸の城に御, 一其比資長公思召らるは、上杉關東にて治る事三十餘年、果報の淺深にな, る、其窓を名付て含雪と云、江の邊に亭を造て泊船と號す、是皆杜子美か, を築て靜勝軒と號す、康正二丙子年ゟ初て、長祿元丁丑、年四月八日、功成, 住居、城内に閑居の室を造て、靜勝軒と號ス、其西に臨めは、富士の雪を見, 一道灌公長祿元年丁丑、千代田、齋田、寶田之三氏の家臣をして、江戸、川越、岩, 文明十八年七月二十六日, 江戸城〓, 住居ス, 道灌常一, 七六五
頭注
- 江戸城〓
- 住居ス
- 道灌常一
ノンブル
- 七六五
注記 (20)
- 1311,706,69,1352詩の句を取給ふと云々、東亂記、管領記ニ有之、
- 492,710,74,2104て、同國豐嶋郡江戸の館に移玉ふ、勝れたる名地にて、山なしといへ共四
- 1067,716,75,2094り、聊國を治と云共、眞實に非す、山内殿大名成といへ共、昌賢入道死去の
- 613,718,74,2098ひらる、其頃資長公武州荏原郡品川の館に住居し給ひしか、異夢の告有
- 727,722,75,2095へ諸大名の順付へき事疑なし、いろにもして名城を取、多勢を籠んと宣
- 1754,709,75,2107付三ケ所之城壘を築給ふ、道灌公常に古今諸家之兵書をよみて、軍法の
- 954,707,75,2102後は、彼流も一人として善政をなすものなし、慾深くして君臣の禮正か
- 378,703,75,2110邊見くたし、又入海有て、諸國往還の便有、誠と目出度所なまはとて、此城
- 839,712,75,2104らす、人の國を我者にせんと貪る事多し、國家の亂近かるへし、然者當方
- 1643,710,74,2118道に達して、城郭の地を知給ふ、故に軍の師範と稱ス、常に江戸の城に御
- 1182,660,78,2161一其比資長公思召らるは、上杉關東にて治る事三十餘年、果報の淺深にな
- 1414,717,77,2099る、其窓を名付て含雪と云、江の邊に亭を造て泊船と號す、是皆杜子美か
- 260,705,83,2100を築て靜勝軒と號す、康正二丙子年ゟ初て、長祿元丁丑、年四月八日、功成
- 1528,710,77,2115住居、城内に閑居の室を造て、靜勝軒と號ス、其西に臨めは、富士の雪を見
- 1874,661,89,2154一道灌公長祿元年丁丑、千代田、齋田、寶田之三氏の家臣をして、江戸、川越、岩
- 178,702,47,460文明十八年七月二十六日
- 1673,289,41,151江戸城〓
- 1631,287,40,119住居ス
- 1719,290,40,152道灌常一
- 167,2404,44,118七六五







