『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.109

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觀音坂まてを記す、, 富永町の圖、次に江戸橋筋、江戸橋より芝居まて、元吉原の下、傾城町のはしまり委く, 引、又鎌倉大草紙を引く、長祿元年四月太田左衞門太夫武州江戸城を取立といへり、次, 子案るに、和名鈔に葛飾郡なし、この時は下總國郡のうちなり、後に武藏國に入られて, 派まて、三派の下、忠寄, 社まて、次に京橋南筋紀伊國橋より有樂原、次に城南櫻田より妹か關まて、次に城西平, しるす、次に江戸橋東南青物町より佃島住吉社まて、次に日本橋封疆藏より觀世稻荷の, に御曲輪東大手より鍛冶橋まて記す、次に同南桔梗御門より數寄屋橋御門まて、次に同, 日本紀・續日本紀に載る國造・國守、和名鈔に載る府およひ行程、管二十一を引、懷山, 河天神社より皿屋しきまて、増上寺舊地の下、遠山氏略系、永田馬場、山王末社、稻荷, 上の國をむさかみといふ、是はもの字を下略してむさしといへるなりと引り、舊事記, 追加、三ツ派之圖、明和八年辛卯筑立地、傍に杭、築地, 廿二郡とすといふ、次に江戸の名義、江戸御城の來由、紫の一本・江亭記・家忠日記を, ●西半藏御門より辨慶堀まて、次に同北梅林御門より神田橋まて、次に城東一石橋より三, の社に懸る鰐口の銘を載す、次に城北世繼稻荷より牛込御門まて、次に城艮三河町より, 第二卷, 大久保, 酉山, 懷山子ノ案, 江戸ノコト, 別紀第八(武藏), 一〇九

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  • 大久保
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  • 懷山子ノ案
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  • 別紀第八(武藏)

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  • 一〇九

注記 (22)

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