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ノコト、本年四月二十八日ノ條ニ、召ニ依リテ參内シ、阿彌陀經ヲ講ズルコト、六, あり、諸堂回祿に罹りたるを以て、形の如く草庵を結ひて住す、淨華院も亦た燒失し、, 院嘉樂門院御不例の事あり、四月八日、召に應して參内し、善知識となりて、往生の要, ○清淨華院本尊遷座ノコト、元年八月三日ノ條ニ、玄周、嘉樂門院ノ御臨終ニ參仕, 建に著手し、長享元年八月三日、諸堂形の如く成就して、本尊を奉安す、長享二年、女, 彌陀經、爲聽聞也、辨説殊勝、, 〔參考〕, 南興寂然と號す、萬里小路内府時房卿の息、冬房卿の舍弟なり、應永三十四年生る、十, 等胖・等珍・等國等の上足も亦た東西に離散せしかは、上人轉して松林院に住して、, に開き、慧照國師を以て開□とし、上人をして之に住せしむ、幾ならすして應仁の兵亂, 二歳にして等〓上人, 傍ら淨華院の寺務を司り、復興を謀る、文明十五年十二月二日、淨華院再, 〔清淨華院誌要〕十四世玄周上人, 〔實隆公記〕文明十八年二月十六日、壬辰、霽、參入江殿、淨花院長老, 〓に從て剃染す、文安三年の秋、父時房卿建王院を千本五辻, 月二十七日ノ條ニ見ユ、, 院と淨華院と, は別所にあり、, 松林, 故時房〓, 聖深資, 此時, 綛系譜爲, 息□□□、, 建テ玄周ヲ, ヲ講ズ, 房建三院ヲ, 玄周松林院, 萬里小路時, 辯舌殊勝, 之ニ住セシ, ニ住ス, ニ阿彌陀經, 三時知恩寺, 長享二年七月十四日, 三九七
割注
- 院と淨華院と
- は別所にあり、
- 松林
- 故時房〓
- 聖深資
- 此時
- 綛系譜爲
- 息□□□、
頭注
- 建テ玄周ヲ
- ヲ講ズ
- 房建三院ヲ
- 玄周松林院
- 萬里小路時
- 辯舌殊勝
- 之ニ住セシ
- ニ住ス
- ニ阿彌陀經
- 三時知恩寺
図版
- 長享二年七月十四日
柱
- 三九七
注記 (36)
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