Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
おなじ物なれども、中に〓を入るゝを饅頭といふ、餾はもと獸肉また蔬菜, 今烏丸鹽瀬之祖也、一説淨因〓寺歸中華云, 瀬と改め、南都に住て、饅頭を製して賣れりとそ、云傳ふる處少は誤もある, べたれど、淨因といふもの、こゝにきて始て饅頭作りし事は、けも有べし、あ, 氏鹽瀬、始住南都製之、其形状片團、是稱奈良饅頭、是本朝饅頭之始也、於中華, なとをいるゝもの也、こゝには肉を用ひしことは聞へされとも、菜をば包, 古建仁寺第二世龍山禪師入宋、于時中華人林和靖末裔林淨因執弟子禮、斯, 其始は、建仁寺第二世龍山禪師入宋のとを、林和靖の末孫に林淨因といふ, ぢうといふことあり、さたうまんぢうは、よの常の饅頭なるへし、こゝにて, 始自諸葛孔明、曾鹽瀬淨因有數子、其内一人爲僧從龍山、則建仁寺中兩足院, 祖無等以倫是也、故到今鹽瀬一家悉爲兩足院之檀越、以倫弟某於北京造之, ものありて、禪師の弟子となれり、其後禪師歸朝する時も從ひ來て、姓を鹽, みたることはありと見えて、七十一番職人盡にさたうまんぢう、けいまん, 人於中華製造饅頭、元順宋至正元年龍山歸本朝日、林淨因相從來、在本朝改, 〔瓦〓雜考〕下まんぢう本草、蒸餅の附方には、饅頭〓とも書り、蒸餅と, 饅頭ノ始, 南朝正平五年北朝觀應元年三月十五日, 四九〇
頭注
- 饅頭ノ始
柱
- 南朝正平五年北朝觀應元年三月十五日
ノンブル
- 四九〇
注記 (18)
- 1010,693,67,2202おなじ物なれども、中に〓を入るゝを饅頭といふ、餾はもと獸肉また蔬菜
- 1244,686,59,1286今烏丸鹽瀬之祖也、一説淨因〓寺歸中華云
- 316,691,63,2208瀬と改め、南都に住て、饅頭を製して賣れりとそ、云傳ふる處少は誤もある
- 204,701,65,2194べたれど、淨因といふもの、こゝにきて始て饅頭作りし事は、けも有べし、あ
- 1591,691,64,2205氏鹽瀬、始住南都製之、其形状片團、是稱奈良饅頭、是本朝饅頭之始也、於中華
- 899,693,60,2204なとをいるゝもの也、こゝには肉を用ひしことは聞へされとも、菜をば包
- 1822,687,64,2204古建仁寺第二世龍山禪師入宋、于時中華人林和靖末裔林淨因執弟子禮、斯
- 545,687,65,2210其始は、建仁寺第二世龍山禪師入宋のとを、林和靖の末孫に林淨因といふ
- 667,692,59,2201ぢうといふことあり、さたうまんぢうは、よの常の饅頭なるへし、こゝにて
- 1475,686,64,2212始自諸葛孔明、曾鹽瀬淨因有數子、其内一人爲僧從龍山、則建仁寺中兩足院
- 1360,685,62,2214祖無等以倫是也、故到今鹽瀬一家悉爲兩足院之檀越、以倫弟某於北京造之
- 434,695,64,2209ものありて、禪師の弟子となれり、其後禪師歸朝する時も從ひ來て、姓を鹽
- 780,695,62,2198みたることはありと見えて、七十一番職人盡にさたうまんぢう、けいまん
- 1708,694,62,2198人於中華製造饅頭、元順宋至正元年龍山歸本朝日、林淨因相從來、在本朝改
- 1105,647,101,2249〔瓦〓雜考〕下まんぢう本草、蒸餅の附方には、饅頭〓とも書り、蒸餅と
- 1617,326,42,169饅頭ノ始
- 1937,756,46,770南朝正平五年北朝觀應元年三月十五日
- 1948,2484,39,116四九〇







