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華頂山大法會圖一卷, 滅の後は四條院華頂尊者と謚し給ひ、後嵯峨院は寛元二年正月十日知恩院に幸まし〳〵, の標目に眩す、故に今この目を存して疑なからしむ、, ひ、後花園院は淨華院第十世等悲和尚の奏請を勅許ありて、天下上人無極道心者と綸命, し、當時不幸にしてその法會の壯觀なるをあつかり見さるものゝ遺憾を解くの意に出て, 作りしものなり、序に據るに、大師なほ世に在し時、後白河院慧光菩薩の號を賜り、入, 細見圖の序を剽竊す、書坊射利の手段また咎るにたらすといへとも、備用書浩繁、人そ, て通明國師の號をたまはり、後柏原院は青蓮院宮尊鎭親王の奏に因て光照大士の額を給, 下り、遂に大師示寂の後四百八十餘年にいたるまて贈大師號なかりしを、東山院の御代, に圓光大師の五百五十年忌にあたる、この書、その法會行列規式等の事を圖繪にあらは, 山は智恩院の山號なり、彼境内に宗祖圓光大師の廟あり、而して寶暦十一年辛未正月實, 卷端に序を掲れと、作者の名氏をあらはさす、寶暦辛未正月京師に刻する所なり、華頂, 〓夷大將軍よりいとねんころにものし給ひけれは、本寺の上表にも及はすして朝議已に, 元祿八年, 一册一名圓光大師五百五十年御忌圖録, 刻本, (徳川綱吉), 一册一名圓光大師五百五十年御忌圖録, 册, 師ニ刻ス, 圓光大師五百, 名氏ヲアラハ, 寶暦十一年京, 行列規式ヲ圖, 五十年忌法會, 享保十五年發, サズ, 贈大師號ノ事, 行, 編脩地誌備用典籍解題卷之五, 一二六
割注
- 刻本
- (徳川綱吉)
- 一册一名圓光大師五百五十年御忌圖録
- 册
頭注
- 師ニ刻ス
- 圓光大師五百
- 名氏ヲアラハ
- 寶暦十一年京
- 行列規式ヲ圖
- 五十年忌法會
- 享保十五年發
- サズ
- 贈大師號ノ事
- 行
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之五
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- 一二六
注記 (31)
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