『大日本史料』 1編 4 延喜 9年正月~18年6月 p.148

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辛卯、貞觀十三年、尊師, 師、南京僧侶の請によりて、再ひ彼地に赴き、東南院を建て、顯密の學者をつ, 量壽法をうく、是十八道の法則なり、, 師、今年、深艸の普明寺に移住し、眞雅僧正に親近して、學法壇に入、初めて無, とめしむ、巍然として今猶存せり、こは五八代記に、今年とす、故に是を載す, 乙未、貞觀十七年、尊師, 傳燈廣録云, 醍醐寺縁起曰、, 〔理源大師寔録〕下甲午、貞觀十六年、尊師, 師、今年醍醐寺を建立す、, う傳桓ふに花のけの無, にす谷傳寺蓮部授こ, 是歳ノ條ニ掲グ、, 壽の儀軌によるかゆへ、尊師もこの次, ○本文延喜七年, 生年四, 高祖大師御作の十八道の次第は、無量, 四十、, み、葬式を營すと、即普明寺の故地なり、今年、予, 生年, 十四, 大皇の陵より遙の西にあり、今は田野なり、古塚あり、土俗沓塚と號す、傳, キヲ以テ略ス、, 碑を樹てゝ標とす、有志の者徃て見るへし, を、三十歳の時にしるせしは非なり、普明寺今廢す、故地深艸霞の谷桓武, 一尊を洗彫刻して本尊となし玉ふなり、行實記に、十八道の契印を傳ふ事, 第をうけ玉ひて、十〓道の行軌を修習し玉ふなり、師主此尊の法を授け下, ふ、尊師入滅の時、飛行し去り玉ふて遺骸なし、徒弟議して鳥を此處に, ふは、すなはち蓮花部の瑜伽を受學することを許す也、尊師は蓮花部の尊, の尊、七倶胝佛母より出生し玉ふ深意あれは、准胝を並へ念し、醍醐寺に此, 〓縁なるか中に於て、如意輪を本尊とし玉ふ、又准〓は佛なれとも、蓮花部, ○前掲ニ同ジ, 生年四, 十三、, 目縁なるか中に於て、如意輪を本尊とし玉, の尊、七倶〓佛母より出生し玉ふ深意あれ, 醍醐寺ヲ, 建立ス, 東南院ヲ, 其舊跡, 普明寺二, 移住ス, 建ツ, 延喜九年七月六日, 一四八

割注

  • 是歳ノ條ニ掲グ、
  • 壽の儀軌によるかゆへ、尊師もこの次
  • ○本文延喜七年
  • 生年四
  • 高祖大師御作の十八道の次第は、無量
  • 四十、
  • み、葬式を營すと、即普明寺の故地なり、今年、予
  • 生年
  • 十四
  • 大皇の陵より遙の西にあり、今は田野なり、古塚あり、土俗沓塚と號す、傳
  • キヲ以テ略ス、
  • 碑を樹てゝ標とす、有志の者徃て見るへし
  • を、三十歳の時にしるせしは非なり、普明寺今廢す、故地深艸霞の谷桓武
  • 一尊を洗彫刻して本尊となし玉ふなり、行實記に、十八道の契印を傳ふ事
  • 第をうけ玉ひて、十〓道の行軌を修習し玉ふなり、師主此尊の法を授け下
  • ふ、尊師入滅の時、飛行し去り玉ふて遺骸なし、徒弟議して鳥を此處に
  • ふは、すなはち蓮花部の瑜伽を受學することを許す也、尊師は蓮花部の尊
  • の尊、七倶胝佛母より出生し玉ふ深意あれは、准胝を並へ念し、醍醐寺に此
  • 〓縁なるか中に於て、如意輪を本尊とし玉ふ、又准〓は佛なれとも、蓮花部
  • ○前掲ニ同ジ
  • 十三、
  • 目縁なるか中に於て、如意輪を本尊とし玉
  • の尊、七倶〓佛母より出生し玉ふ深意あれ

頭注

  • 醍醐寺ヲ
  • 建立ス
  • 東南院ヲ
  • 其舊跡
  • 普明寺二
  • 移住ス
  • 建ツ

  • 延喜九年七月六日

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  • 一四八

注記 (45)

  • 1792,640,60,703辛卯、貞觀十三年、尊師
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  • 147,648,70,2211とめしむ、巍然として今猶存せり、こは五八代記に、今年とす、故に是を載す
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