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日親、應永三十三年六月建、, 寺ナリ、開山ハ日英、二代目ハ日親、堂ニ像アリ、日親ヲ異名ニ鍋被上人ト云、宗門二, て、師此所を指し示、忽ち親尊の骨舍利并廟塔を得たり、しかれとも又後世の地變を量, 草木を植え、終に野原と荒れて年を經しか、文祿の頃、本法寺中興日通上人の代に當つ, りて、舍利は本寺の寶庫に收む、係る由縁を以て、今猶其宗派の男女祈念偈仰する支怠, 伽藍佛像及ひ石塔まても掠奪せしかは、徒弟この御塚を平け、石廟を埋み隱し、其上に, らす、娼妓俳優の輩まて、此墓地に美々敷逆修塔を營むは、現當二世の利盆を求め、異, 〔新編鎌倉志〕, 體同心の善縁を結ふ成へし、, 妙隆寺ハ、小町ノ西〓ニアリ、叡昌山ト號ス、法華宗、中山末, 日親説法石在方丈庭、, 〔新編相模國風土記稿〕, 妙蓮寺廣昌山ト號ス、, 開基日親上人、初在綾小路西、後移一條堀河西、又秀吉公代移今地、, 開基ハ山崎氏女ナリ、, 開山, 叡昌山本法寺, 〔山州名跡志〕洛陽寺院〓昌山本法寺, 、山州名跡志〕, 妙隆寺, 下總國中山, 長享二年九, 法華經寺末, 郡十五成田庄酒勾村, 月十七日卒、, 三十六村里部足利下, 郡十五, 三十六, 略, 略, ○下, 七, 足利下, 相模妙蓮寺, 日親説法石, ヲ建ツ, 妙隆寺二世, 長享二年九月十七日, 三一五
割注
- 妙隆寺
- 下總國中山
- 長享二年九
- 法華經寺末
- 郡十五成田庄酒勾村
- 月十七日卒、
- 三十六村里部足利下
- 郡十五
- 三十六
- 略
- ○下
- 七
- 足利下
頭注
- 相模妙蓮寺
- 日親説法石
- ヲ建ツ
- 妙隆寺二世
柱
- 長享二年九月十七日
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- 三一五
注記 (39)
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