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一乘と銘を切、今世間に流布してあり、同じく神邊の妙立寺、是また師開闢の地なり、, かくのごとく流通國々にをよび、ひいでたる教化のさまあげてかぞふべからず、是より, 冶の某ふかく師を信じて、我館を奉り、建立ありし寺なり、それよりも打出す劔に法花, て國に歸りぬ、是を寺鎭とし、一宇を建立すべしと思ひしに、其ころ國ちかき所に將軍, の命をそむくもの出來、定親かしこに向ひしなり、此ゆへに建立の望も命のうちにこと, ならざりければ、此門下に渡邊氏の某、定親の志をつぎて一寺を草創せんと願ふ折ふ, に來たりて受法す、其後大曼又茶羅ならびに圓頓者、又諸の要文を頂戴し、三幅對となし, し、師は此國に入給ひぬ、渡邊氏はなはだ悦び、山田の郷に是を建立す、光照山常國寺, と名づけ給ふ、三幅對の本尊、重寶として今にあり、また同國草土村法華一乘寺は、劔鍛, 師重て九州の弘通より備後國にいたり、さかんに宗義をひろめ給ふ、僧俗教を受てあま, た受法す、こゝに宮近門民部左衞門尉藤原定親と言人あり、, 師のもと, 此人應, も師は出雲の國におもむかせ給ふ、, 永年中より嘉吉年中にいたつて、大内につとめ通ひしことあまた年なり、, 常國寺第十四, 長享二年九月十七日, 妙立寺, 親と言は此人のことか、, 長祿寛正記に、伊勢守貞, ○中, 略, 國寺ヲ建ツ, ノタメ二常, 渡邊某日親, 法華一乘寺, 備後二赴ク, 三一〇
割注
- 親と言は此人のことか、
- 長祿寛正記に、伊勢守貞
- ○中
- 略
頭注
- 國寺ヲ建ツ
- ノタメ二常
- 渡邊某日親
- 法華一乘寺
- 備後二赴ク
ノンブル
- 三一〇
注記 (28)
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