『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.575

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糸、ゐ中の寺〳〵はいぶんして、まかないとぼしからず、又、日ほんよりは、當, 候、わたくしも、いるまんと申て、たんきをもいたし候いしゆは、なんはんの, ばんへわたす、弓矢のたゝかひなく、國をとるはかりことなり、まのあたり, 候へ、あひてのまいる間は、ろうしやに仰せつけらるへし、ととこほる事な, のへすばん、るすん、かの國よりしゆこをすへ、三年かわり、しよむをうんそ, 國王、日ほんをしたつ〓んてたてに、佛法をひろめんため、ばてれんをあま, く申上けれは、上意にきこしめし、ちうせつのものかなと、御きしよくよげ, たさしこし、かの國のうち、五かこく十ケ國の所りやうを、日本の入用にを, にみえさせ給ふ、すなわち加藤肥後守におほせわたされ、訴人のあひてを, 年は、なん百なん十人、しうていにすゝめ入たるといふ大帳をぼくり、なん, かそんそうせし寺にて御座候、それがしになん分いを申かけ、ついほう仕, よごんを申さは、うしさきになり共、車さきになりとも、御おこなひなされ, うせしむほうをひろめしはかりこと也、それかしかあひてを、けう〳〵肥, 後へよひにつかはされ候へ、御前におひて、たいけつをとげ、しせん拙者き, しむ〓、まい年あきないふねとかこつげて、いとまき物しな〳〵をりたす、, 告, 耶蘇會報, 慶長十七年三月二十一日, 五七五

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  • 耶蘇會報

  • 慶長十七年三月二十一日

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  • 五七五

注記 (19)

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