Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
事にて候、ためしすくなくこそ、, われまては三代につかへて玉津島かひ有神の光をそみる, 御覽候ことく、御自筆にて殊更御判在之、等持院殿・寶篋院殿・鹿苑院殿、頓阿・經, 鹿苑院入道太政大臣家にて、題をさくりて歌よみ侍し時、述懷の心を、權大僧都堯尋、, この金玉おもしろくうちをきかたくこそ候へ、誠に三代になり候事、わか身もおなし, 候、面目至極候哉、御尋に付て、此一册にかさねて令書寫畢、常徳院殿御判在之、, 賢・堯尋、公私此三代にて候、此時御自筆御書御覽し候て、常徳院殿如此堯感律師被下, 四年閏五月廿四日、丁丑、陰、常徳院殿萬葉體歌合正本、榮雅判詞一見、, 我も三代人も三代まて馴きつゝともにそみかく玉津島姫, 審、愚存示之、勸一盞、, 無念至極候、, 〔實隆公記〕享祿三年十月廿九日、乙酉、晴、入夜甘黄來、常徳院殿百番歌合作者不, 一鹿苑院殿・常徳院殿御詠、已前注被下て候へとも、なを此一册にのこしをきたく令存候、, 河内民部なとゝ申人とりさた候哉、つゐに全部はて候はて、大樹むなしく成給候事、, 延徳元年三月二十六日, ○義熙、公卿及ビ近臣ヲ會シテ、和歌ノ打聞ヲ編, セシムルコト、文明十五年二月一日ノ條ニ見ユ, ○下, 略, 略, 番歌合, 常徳院殿百, ヲ終ラズシ, 打聞ノ編纂, テ死去ス, 義熙和歌ノ, 延徳元年三月二十六日, 九九
割注
- ○義熙、公卿及ビ近臣ヲ會シテ、和歌ノ打聞ヲ編
- セシムルコト、文明十五年二月一日ノ條ニ見ユ
- ○下
- 略
頭注
- 番歌合
- 常徳院殿百
- ヲ終ラズシ
- 打聞ノ編纂
- テ死去ス
- 義熙和歌ノ
柱
- 延徳元年三月二十六日
ノンブル
- 九九
注記 (28)
- 1138,664,54,786事にて候、ためしすくなくこそ、
- 1365,726,63,1847われまては三代につかへて玉津島かひ有神の光をそみる
- 914,664,69,2083御覽候ことく、御自筆にて殊更御判在之、等持院殿・寶篋院殿・鹿苑院殿、頓阿・經
- 1473,658,69,2109鹿苑院入道太政大臣家にて、題をさくりて歌よみ侍し時、述懷の心を、權大僧都堯尋、
- 1251,672,66,2074この金玉おもしろくうちをきかたくこそ候へ、誠に三代になり候事、わか身もおなし
- 692,663,68,1982候、面目至極候哉、御尋に付て、此一册にかさねて令書寫畢、常徳院殿御判在之、
- 804,661,68,2088賢・堯尋、公私此三代にて候、此時御自筆御書御覽し候て、常徳院殿如此堯感律師被下
- 356,614,66,1804四年閏五月廿四日、丁丑、陰、常徳院殿萬葉體歌合正本、榮雅判詞一見、
- 1028,722,66,1858我も三代人も三代まて馴きつゝともにそみかく玉津島姫
- 465,610,59,571審、愚存示之、勸一盞、
- 1694,662,56,294無念至極候、
- 574,591,76,2153〔實隆公記〕享祿三年十月廿九日、乙酉、晴、入夜甘黄來、常徳院殿百番歌合作者不
- 1583,621,71,2147一鹿苑院殿・常徳院殿御詠、已前注被下て候へとも、なを此一册にのこしをきたく令存候、
- 1808,670,67,2039河内民部なとゝ申人とりさた候哉、つゐに全部はて候はて、大樹むなしく成給候事、
- 256,725,44,428延徳元年三月二十六日
- 1728,998,47,953○義熙、公卿及ビ近臣ヲ會シテ、和歌ノ打聞ヲ編
- 1686,999,45,915セシムルコト、文明十五年二月一日ノ條ニ見ユ
- 736,2669,37,78○下
- 689,2668,40,37略
- 351,2426,41,39略
- 421,245,41,124番歌合
- 472,244,42,216常徳院殿百
- 1711,242,40,206ヲ終ラズシ
- 1763,239,42,215打聞ノ編纂
- 1659,243,39,159テ死去ス
- 1814,238,42,211義熙和歌ノ
- 256,725,44,428延徳元年三月二十六日
- 268,2340,41,84九九







