『大日本史料』 8編 36 延徳2年3月~同年4月 p.329

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講師をつとむ、, 法の疑ハ天台一家の觀法、無相湛然の手段にて廣大深遠なる義論とも申へきにや、彌陀の, めしけるにや、疑論の智辯、文珠大士も座をわかち、富留那尊者も床をくたり給ふ覽とそ, 趣なれと、名目といひ欣慕の士といひ、叡念も三心御發得のうへにてはことさらにきこし, 早參す、まことに五卷日にハ採薪及菓〓隨時恭敬與のためしなれハ、たき木にの行道なと, 第三日、廿八日、けふはことに聖忌の正日、法會の中日なれは、御經供養有へきにて人〳〵, おほえし、著座の公卿、中御門大納言、宣胤、・冷泉中納言、政爲、・園宰相、基冨、・左大辨, にすゝみて、圓頓行者最初修觀の時色心二法の中には先いつれを觀するそやととふ、次に, ハ西方の彌陀如來ハ報身か應身かと發言してより二種の問題數刻の長坐におよふ、色心一, 報應は、善導一家の意は別建立の宗旨にて、圓教中道の門よりハ往還道をことにすへき意, 作をや、さためて神にして妙なるへきにや、次の座は賢心已講、, 懃の時ハ毎度自宗他門の稱美にあつかりし人なり、いはむや練磨薫修年たけたる當時の所, 已講にて櫨甲ならぬ袈裟そおほつかなきなと申人侍し、大法師源榮、, 承給、任圓僧正は無下に微弱の比より學業のつとめ名たかくて、公武の御願ともに參, 堂童子守光・右兵衞權佐冬光、, 宰相、光忠、出居忠顯朝臣、, 問者の圓座, 中將, 生、松禪院, 延暦寺住學, 松殿, 生、實藏坊, 延暦寺住學, 御經供養, 第三日, 延徳二年四月二十八日, 三二九

割注

  • 中將
  • 生、松禪院
  • 延暦寺住學
  • 松殿
  • 生、實藏坊

頭注

  • 御經供養
  • 第三日

  • 延徳二年四月二十八日

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  • 三二九

注記 (27)

  • 1556,2457,52,346講師をつとむ、
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