『大日本史料』 9編 1 永正5年6月-永正6年9月 p.753

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土左、吾川、高岡は弓手も馬手も敵なれは、佐野のわたりにあらねとも、暫し, き台聽に達へしとて、頓て御前に罷出、事の由を申上けれは、房家卿聞しめ, 恩也、我豈其報謝せさる〓きや、當家僅二代の内に、かれは早四代に及事、悲, 立寄る〓もなし、木蔭の岩をも敵かと思ひ、道に休ふ旅人も、我を知りてや, し、大きに驚給ひ、誠に不便の事なりとて、急き兩人を召寄られ、〓を流して, 有し次第を具に述て、慇懃にそ頼ける、土居熟聞く、實に痛ましき御事哉、急, 輕しむと、胸を冷し肝を消す、昔平家の落人の、白鷺のむれ居る松を見て、源, 歎するに餘り有、但千翁丸か恙なおこそ大慶なれ、我隨分養育して成長せ, は、亡父の讎をも報せさせ、本領安堵相違有まし、此度近藤か忠貞、古の程嬰, 翁丸を卸し置、家老土居の某に對面して、是は長宗我部將監か士にて候と、, らすして國司と仰かれ給ひ、今に至て、國中の諸士に圍るゝ事、併文兼か厚, 丞文兼か招請に依て、當國に御下向あり、安座し給ふのみならす、勅許にあ, りけんも、斯やとおもうはかりにて、漸々として中村一條殿の御舘に著、千, 仰けるゐ、先考教房公、京都の亂をさけて、攝〓兵庫に漂泊し給ひしを、兵部, 氏の旗かと驚しも、今に知られて哀れなり、虎臥野邊を分迷ひ、鰐住海を渡, 丸ヲ保護, 房家干翁, 千翁丸房, 家ニ頼ル, ス, 永正六年五月是月, 七五三

頭注

  • 丸ヲ保護
  • 房家干翁
  • 千翁丸房
  • 家ニ頼ル

  • 永正六年五月是月

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  • 七五三

注記 (22)

  • 1892,658,63,2192土左、吾川、高岡は弓手も馬手も敵なれは、佐野のわたりにあらねとも、暫し
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