『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.648

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依リ、便宜左ニ附收ス、, 徳寺と號して、則海潮寺の門徒なり、, 卯月八日下野守成綱(花押), 山海潮寺と號す、芳賀家の菩提所として、先祖禪可入道の木主を安す、座像, 移し、觀世音を安置して、彼普門品第二十五の梵音海潮音の語に依て、梵音, にて長一尺許、さて當時は成高寺の末にて曹洞宗なり、今寶珠庵の跡は、宗, 成綱朝臣并に芳賀左兵衞尉景高歸依して、大永のはしめ、寶珠庵を眞岡に, ○芳賀高孝。海潮寺ニ、同寺領ノ内ヲ寄進スルコト、年代詳ナラザルニ, 云所に草庵を結び、寶珠庵と號す、時に永正のはしめの年なり、太守宇都宮, り、宇都宮城下の成高寺に至り、天英和尚に隨て、芳賀郡太田和村の吹上と, 山永昌和尚、俗姓は大内氏にて九州の人なわ、靈夢のことありて東國に下, 〓海潮寺文書, 海潮寺領之内千疋之所、先以奉寄付候、於在所兩人可申披候、如件, 〔下野國志〕, 參考, 〔下野國志〕〓閣僧坊海潮寺同所田町にあり、圭田廿石、除地四石餘、開, ○下, 野, 佛閣僧坊, 七, 開山永昌, ト號ス, 和尚, 開ク, シ海潮寺, 寳珠庵ヲ, 眞岡ニ移, 菩提所, 芳賀氏ノ, 永正七年四月八日, 六四八

割注

  • ○下
  • 佛閣僧坊

頭注

  • 開山永昌
  • ト號ス
  • 和尚
  • 開ク
  • シ海潮寺
  • 寳珠庵ヲ
  • 眞岡ニ移
  • 菩提所
  • 芳賀氏ノ

  • 永正七年四月八日

ノンブル

  • 六四八

注記 (31)

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