『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.809

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野山は、少年の昔經行歴置するに、神靈のならひなき〓をかゝみて、つゐに, て、大師のまのあたり示現のむねあり、はたして太相國の任をきはめ、一天, 近衞院御宇久安年中、中務大輔平清盛朝臣安藝守を兼せし日、綸言をくた, され、國務の任限をのへて、塔婆の造畢をとけしむ、成功の私なき〓を感し, そのたかさ十六丈、空輪〓天に聳、寶鐸星辰もつらなれり、誠是槎にのるに, 弘仁の聖朝に奏請せしめ、結界四至の表白をあらはし、禪定三昧の幽居を, 下の柄をとれり、件の度心柱には、當山開闢のはしめ出現さる所の五尺の, トさり、こゝに大塔あり、彼南天の鐵塔をもて、此南山の紺宇にうほすと也, し、しかるに草創の基にをきては、はからす雷火のために烟雲にのほりぬ、, 勸進沙門阿本敬白, ふのさらんや、もし興隆の寺院、都鄙山林にその數ありといへとも、殊此高, 寵樹乃密祕を得たり、將來の志、ひとへに利世撫民の要路たり、誰の人かあ, 夫吾大師者、智惠峯たかく、菩提月朗なり、遠く鯨波の嶮危をこして、まさに, よらす、たちまち雲漢に入、妙藥をなめす神仙をみる〓をえたりといふ〓, 請特蒙十方檀那助成紀伊國伊都郡高野山金剛峯寺大塔企修理状, 處歟, 營ス, 平清盛造, 勸進帳, 永正七年七月二十一日, 八〇九

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  • 營ス
  • 平清盛造
  • 勸進帳

  • 永正七年七月二十一日

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  • 八〇九

注記 (21)

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