『大日本史料』 9編 5 永正11年正月-永正12年12月 p.454

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しやうは久觀樂候て、此春四月十五日に他界、大佛所卿法印此年十二月八, て觀樂、候て他界、其後八年、永正十一, 共、根本不知由申候處に、新卿取立こ間、彼人躰被仰候へく候分申候而、彼人, のほうしゆをほり候て、にら山に玉をおさめ、その上にたうを立、本殿に辨, 日、當三十三年、法橋弘圓七十三年、茶湯可申いとなみ申計也、辨殿、たちま殿、, 才天お御立候、たのまれ申候作之、玉繩のゆうかい時也、彼のうはの本願祐, 躰談合候て、圓魔堂橋本願祐貞奉憑、同彼本願申候、勸進候て是思立、彼さい, 年之春、圓覺寺こ玖都寺是思立、作初, 寺開山ノ三百年忌也、, 時、木分五貫文、爲母可進由申定候、代一貫三百文候、可爲如何哉由被申候へ, 貞は七十五也、勸進は五山中、かまくら中、近□石面をも勸進候、くやうに, 大佛所卿法印、辨法眼子新卿彼殿作初、煩延引にて、其身は武州越成田に, せんほう、せかき、千僧くやう思立、一杯二文のふたをひきこの年壽福, 〓南無大日如來, 〓鎌倉圓應寺奪衣婆像胎内銘, 拙子計結句煩中也、此年早雲庵なこや, 新卿、その外いつれ之さま, 新卿、その外いつれ之さま拙子計結句煩中也、此年早雲庵なこや, ○相, 戌, 模, 甲, 鎌倉圓應, 寺〓衣婆, 像胎内銘, 永正十一年雜載, 四五四

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  • ○相

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  • 鎌倉圓應
  • 寺〓衣婆
  • 像胎内銘

  • 永正十一年雜載

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  • 四五四

注記 (27)

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