『大日本史料』 9編 9 永正16年正月-永正16年10月 p.332

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は北條早雲宗瑞と改號す、住國は山城うちの人也、又一説には大和ありはらともあり、, 臣重盛公より十五代の後胤たり、國の名をあさなの上にをく事、侍の名譽といへり、其, 給ふ、其報に御息ちやうめいならす、天下にゆらいある平氏を召よせ、からうとなし、ま, 比京都公方樣に御若君あまた出來給ふといへとも、短命にして、十にもたらす皆逝去し, て、今さら世の噂いはしにもあらす、右の新九郎名をえたる達人なれは、古き文に一言, るしをきぬれは、後世の人、是を治定とす、とにも角にもそら事おほき世なり、さ有と, くる日は事をとへは、虚言のみおほし、况江戸中の事をや、其上年月を過し、堺をへた, つりことを取をこなひ給ふに至ては、御そく長命たるへしと、夢さめ御感悦なゝめなら, 給ふ、是をなけきおほしめす所に、御むさうに、公方の御先祖平家を〓〳〵くほろほし, 人物語せり、此説おほつかなし、されはわれ今江戸に有て近邊の町人の噂をけふ聞、あ, てたる事をは、いひたきまゝに語るは、よのつねのならひ、聞人誠とおもひ、筆にもし, 此人の先祖を尋るに、むかしいせの國に伊勢いせのかみ平氏貞といふ侍あり、小松内大, をたのみ、牢人分にてありしか、武略の侍、ふねにて渡海し、伊豆の國を切て取よし、老, つゝあまたに書殘したるを、愚老きんねん見出し、其おもむきを豫記す者也、新九郎後, す、天下に平氏の侍たれ〳〵と尋ゑらひ給ふといへ共、いせ伊勢守にしくはあらしと、, 宗瑞ノ住, 國, 祖先, 永正十六年八月十五日, 三三二

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  • 宗瑞ノ住
  • 祖先

  • 永正十六年八月十五日

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  • 三三二

注記 (20)

  • 1044,599,65,2180は北條早雲宗瑞と改號す、住國は山城うちの人也、又一説には大和ありはらともあり、
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