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の國主と稱し、, し候處、今侫人の爲に讒せられ、止ことを得すして三石に一旦籠城仕候得共、全く以て, の後室・政村の室へ申遣しけるは、浦上村宗事、赤松累代の長臣にて、尤代々忠功を盡, に村宗に同心の返答に及ひ、又老臣秋津・清水・完粟等に此旨を云聞せけるに、皆同心し, 三石へ聞へけれは、村宗も是を聞、時至りぬと思ひて、潛かに小鹽へ使を立て、古政則, 居ましまさは、わか君を家督となし、以前のことく輔佐の臣となりて、赤松家長久の謀, を廻し可申と、言葉を盡して云やりけれは、室家かねて夫婦の間不和なれは、母堂と共, シ、榛谷ニ奔リテ、衣笠五郎左衞門ニ頼ルコト、十二月二十六日ノ條ニ見ユ、, 歸ルコト、十月六日ノ條ニ、村宗ニ制セラレ、足利義澄ノ子, 屋形の義、疎略には存奉らす候、主人は一代、家は末代にて候得は、當屋形世を退て隱, て、政村を押て隱居とし、小鹽の別館に蟄居□□、政村も心ならされとも、力及はす薙, 髪して常印と稱し、永正十七年十一月、赤松政村の嫡子才松丸當年七歳なりしを播備作, ○義村、浦上村宗ヲ攻メントシテ、進發シ、部將小寺則職ノ敗死ヲ聞キテ、置鹽ニ, ヲ奉ジテ置鹽ヲ〓, 永正十七年十一月是月, ○下略、十二月一一, 十六曰ノ條ニ收ム、, 義, 晴, 室等トノ通, 村宗ト義村, 謀, 永正十七年十一月是月, 二九二
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- ○下略、十二月一一
- 十六曰ノ條ニ收ム、
- 義
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- 室等トノ通
- 村宗ト義村
- 謀
柱
- 永正十七年十一月是月
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- 二九二
注記 (24)
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