『大日本史料』 9編 16 大永2年4月-大永2年9月 p.365

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莊民等、爾後違犯セザランコトヲ起請ス、, 陣すれは、山名も利を失て、軍を入れけれは、左京大夫政祐又小鹽へ歸り住して、兩浦, 姓の親族を背て對陣に及ふ事も、全く赤松の家を起すへき爲にして、私の儀にあらす、, 〔談山神社文書〕, 上是を守護して、しはし戰もやみにける、, 立て、相ともに山名の勢を退くへしと言やりけれは、村宗も早速同心して、互に誓紙を, 莊ニ發向ス、尋デ、越智家榮等ノ斡旋ニ依リ、之ヲ宥免セシム、是日、, 取かはし、三石よりも、再ひ赤松政祐を播・備の太守と仰きて、山名か勢に打向ひ、對, 兩方の敵に周章して有けるを見て、浦上村國より使を立て、村宗へ言やりけるは、今同, 然るに、山名に國を奪れんこと後日に臍をかむとも甲斐なからん、和睦をなし、幼主を, 興福寺領大和龍門莊ノ給主多武峯衆徒、莊民等守惡行ヲ爲スニ依リ、同, 貫山へ押寄せ、村國・景範・則定に對陣す、しかるに、但馬國山名次郎政豐、此虚に乘, して播州を切取らんと、永良表より、小林・大田垣等を先陣として亂入す、三石勢も此, 此由三石へ聞えしかは、村宗も勢を催し、宇喜多和泉守能家を先陣として、三千餘人大, 二十五, ○大和, 大永二年九月三十日, 三六五

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  • 二十五
  • ○大和

  • 大永二年九月三十日

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  • 三六五

注記 (18)

  • 394,606,75,1379莊民等、爾後違犯セザランコトヲ起請ス、
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