『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.17

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ふち切てけり、助三か若黨一人でう〳〵走著て、御手柄にておはしますだ、, 康卿は敵段の上へ引上、勢を備へたるを聞給ひて、我先勢の者とも、凱歌を, 葉仕らんと鑓玉を取、二つ三ツりう〳〵とならし、老の波に血の川を湛へ, 勝入身を捫て勇しかとも、誰やらむ勝入の陣に掛塞と、あの競ひ來る旗先, へ有けるか、武藏守敗北のよしを聞、是よりかゝつて合戰を挑み、決勝負と, 鑓を持て、しつしつと敵の方へ行ける處に、十六七騎追かけ來りしを、二人, 得へく候といへは、尤也とて、段の上へ勢を引上待居たり、一番合戰をは稻, んと云つゝ、大に笑しかは、若武者共も、一きは浮やかに成て待かけたり、家, もはや御退候へと再三申せ共、をのまは此首を持て、武州に見せ候へとて、, にかゝりなは利なかるへし、此勢を上の段へ引あけ、陣を備へて御待候へ、, により、合かしらに渡し合せ、先に進こた0る馬上を息をもをせす〓落し、首, 敵勝に乘てかゝり來り候はん時、待うけ合戰なしまさは、十に八九勝利を, 伊豫守、子息右京亮、郡上の兩遠藤、都合其勢三萬餘騎、犬山段の下に陣を備, 〓伏しか共、後より股をすへられ、終に討れにけり、犬山より勝入父子、稻葉, と云すて、助左衞門尉討れぬる所へ心さし歸し行けれは、敵なを進み來る, 父子稻葉, 陣ヲ段ノ, 上ニ移シ, 勝入元助, 犬山段ノ, 一鐵等ト, テ家康ノ, 下ニ陣ス, 兵ヲ待ツ, 天正十二年三月十七日, 一七

頭注

  • 父子稻葉
  • 陣ヲ段ノ
  • 上ニ移シ
  • 勝入元助
  • 犬山段ノ
  • 一鐵等ト
  • テ家康ノ
  • 下ニ陣ス
  • 兵ヲ待ツ

  • 天正十二年三月十七日

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  • 一七

注記 (26)

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