『大日本史料』 9編 13 大永元年5月-大永元年12月 p.277

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大くまてにて兩夜を打ひしき取かへしける、其後光職かいほうし、政則再領姫路へ入, 山名家人兩夜〓負と云士引出し、加西の方へつれのく、此時八木清右衞門光職芥田に, て見付、家人十二人召具し追かけける、靱負も切むすふ所へ、所助左衞門といふ士、, に渡しけるとそ、此室津より引出せし時狂歌、, 一嵯峨山とは、政則さかの景をうつすといへり、, 一祖滿祐木山落城時、手をかけられし枯野と云女室にあり、一女な小松と云あり、是を, 赤松のひとり娘のひめ小まつ但馬男にとられやはせん, 後に此女上京せしとそ、枯野女は室にて相果けるとそ、, 一はりまいやたかの峯とは、廣峯山をいふ、又あさを山をいふにや、はりま小ふし麻生, 吉野にて皇子を討奉りしは、小谷の與次とて、中村に居申士、當家人御さいそくの人, 也、, ○中, ○中, ○中, 大永元年九月十七日, ○中, 略, 略, 略, 略, ○中, ○中, 大永元年九月十七日, 二七七

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  • ○中

  • 大永元年九月十七日

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  • 二七七

注記 (24)

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