『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.750

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正月五日御名, 時築山と鎧を著あへ、松笠菱之紋付たるを直こあたへ、子孫と傳へ候はゝ, 本望たる之由御申候との事、築山か家記こ有之、此時の感書も、今以傳來い, 細川兵部大輔殿, 桐、引輛筋免之候。恐々謹言、, を連、頼之寶寺の裏通りを山越と丹波と御退候而、北嵯峨より歸洛之由、此, たし候、此砌は、築山も公方御直參也、殊に頼之の聟なり、右保俊より六代目, 西岡山崎表發向之時、楠正儀夜討を掛、軍不意とおこり、築山市正保俊壹人, は。其前より御付被成候、本より足利御一門之儀と而、桐引輛則御家の御紋, 桐、引輛、此節御免之事現然也、桐之御紋御免之事、頼有君御代々も有之、引輛, 也、しかれ共、細川家の御紋と云は松笠菱也、〓と南朝之正平十年、細川頼之, 預候、藤孝君へ將軍家より御感書有、, 昨日凶徒等入洛之處、以手人數被追拂、剩首三到來感悦不淺候、爲褒美紋, 市正俊方、藤孝君の御家士に成、松笠菱は代々の御紋と仕候、頼有君も松等, 引兩, 桐紋免許, 義昭ノ感, 総笠菱, 状, 永祿十二年正月五日, 七五〇

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  • 引兩
  • 桐紋免許
  • 義昭ノ感
  • 総笠菱

  • 永祿十二年正月五日

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  • 七五〇

注記 (21)

  • 1406,1048,60,980正月五日御名
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  • 243,698,66,2200たし候、此砌は、築山も公方御直參也、殊に頼之の聟なり、右保俊より六代目
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