『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.888

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

ならす候、内藤、馬場にむかひ、大なるあやまり被成候とい面は、馬場挨拶に, 尤敵のくつるゝ面白さに我をわすれ、馬場一代の不覺をかおて候と申、信, 雜兵ともに百二三十乃跡備へ行、是をくはさすして二城戸押こみ、其後堅, 玄公聞食、我家の武篇穿鑿頂上へ上たると被仰れり、扨、跡部大炊助、小旗し, 玄公御祕藏の者深手をひ、存命不定れり、され共信玄公御機嫌よた事大方, 爲ニ、三嶋ノ心經寺ニ參陣シ、油井、蒲原邊ニ兵ヲ進ム、信玄、山縣昌景ニ千五, 猶も茂れや八幡林屋に丸小幡のかゝる〓とにといふて、跡部大炊助小旗, をひしてられ、七十三くひをとらるゝ、そのあひたに馬場美濃のか之廿騎、, 固に引あけ歸られ候へ共、馬場美濃同心とひ大貳と云根來衆大剛乃侍、信, は火乃丸緩怠也、へに丸小旗とあた名を付候は、跡部大炊助出頭を各猜く, ろき地に日の丸を出し、千五百餘の備にく、小田原衆にをはれたる事、武田, 勢のおほえて是はしめ也、是を信玄公御先衆歌に作りおとり申候、其歌に, 白人ヲ屬セシメ、鞠子ニ陣城ヲ構へ、花澤、藤枝、伊久美山ノ敵ノ動靜ヲ伺ト, 〔武徳編年集成〕十是日、北條相模守氏政、四萬五千余ヲ率テ氏眞ヲ援ン, 如此、, 小旗, ノ歌, ノ不覺ヲ, 信玄信春, 信玄先衆, 日ノ丸ノ, ラシテ鞠, 咎メズ, 信玄昌最, 構ヘテ西, 子ニ城ヲ, 永祿十二年正月二十六日, 八八八

頭注

  • 小旗
  • ノ歌
  • ノ不覺ヲ
  • 信玄信春
  • 信玄先衆
  • 日ノ丸ノ
  • ラシテ鞠
  • 咎メズ
  • 信玄昌最
  • 構ヘテ西
  • 子ニ城ヲ

  • 永祿十二年正月二十六日

ノンブル

  • 八八八

注記 (28)

  • 1309,684,60,2213ならす候、内藤、馬場にむかひ、大なるあやまり被成候とい面は、馬場挨拶に
  • 1195,681,62,2208尤敵のくつるゝ面白さに我をわすれ、馬場一代の不覺をかおて候と申、信
  • 1657,682,65,2199雜兵ともに百二三十乃跡備へ行、是をくはさすして二城戸押こみ、其後堅
  • 1074,683,64,2204玄公聞食、我家の武篇穿鑿頂上へ上たると被仰れり、扨、跡部大炊助、小旗し
  • 1423,681,64,2206玄公御祕藏の者深手をひ、存命不定れり、され共信玄公御機嫌よた事大方
  • 257,683,60,2201爲ニ、三嶋ノ心經寺ニ參陣シ、油井、蒲原邊ニ兵ヲ進ム、信玄、山縣昌景ニ千五
  • 724,683,63,2208猶も茂れや八幡林屋に丸小幡のかゝる〓とにといふて、跡部大炊助小旗
  • 1772,688,59,2208をひしてられ、七十三くひをとらるゝ、そのあひたに馬場美濃のか之廿騎、
  • 1538,683,63,2203固に引あけ歸られ候へ共、馬場美濃同心とひ大貳と云根來衆大剛乃侍、信
  • 607,689,63,2197は火乃丸緩怠也、へに丸小旗とあた名を付候は、跡部大炊助出頭を各猜く
  • 960,684,61,2203ろき地に日の丸を出し、千五百餘の備にく、小田原衆にをはれたる事、武田
  • 845,683,62,2215勢のおほえて是はしめ也、是を信玄公御先衆歌に作りおとり申候、其歌に
  • 141,690,59,2185白人ヲ屬セシメ、鞠子ニ陣城ヲ構へ、花澤、藤枝、伊久美山ノ敵ノ動靜ヲ伺ト
  • 356,634,98,2241〔武徳編年集成〕十是日、北條相模守氏政、四萬五千余ヲ率テ氏眞ヲ援ン
  • 500,683,54,134如此、
  • 966,328,42,79小旗
  • 690,331,42,76ノ歌
  • 1316,332,38,156ノ不覺ヲ
  • 1359,326,41,167信玄信春
  • 733,329,43,164信玄先衆
  • 1010,329,39,160日ノ丸ノ
  • 293,334,38,159ラシテ鞠
  • 1270,327,40,121咎メズ
  • 336,329,38,163信玄昌最
  • 206,326,39,166構ヘテ西
  • 252,330,36,155子ニ城ヲ
  • 1887,751,44,468永祿十二年正月二十六日
  • 1884,2472,43,124八八八

類似アイテム