『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.281

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時機を得て、教を聽聞するを得べしと答へたり、, しむべしと告げよと言へり、パードレは、己の手をとりて案内せる和田殿, 状の寫を印度及び葡萄牙に送りて、同地の人々に彼の恩惠の實證を知ら, むより外に、感謝の意を表し得べき術を知らずといへり、和田殿は微笑し, に答へて、和田殿が、毎日示さるゝ恩惠と善行とは、彼の感銘限りなき所な, り、之に對しては、たゞ心を盡して、和田殿をキリシタンとなさんことを望, レを百二十日間其家に宿らしめたる人なり、パードレは、彼が共に受けた, 此後彼は、アンタンを訪ねたり、アンタンは、キリシタンにして、曩にパード, 此時ニ當リテ、和田殿ハ、〓ニ凱旋シテ京師ニ至リ、信長厚ク之ヲ迎ヘテ、其, る辛勞を感謝し、彼に贈物を與へたり、, つゝ、予は心中〓にキリシタンなれば、信長が領國美濃に歸る時、適當なる, 法とにつき、言ひ含めて曰く、パードレは、造營工事と其壯麗とを讚へ、免許, (歐文材料第五號譯文), 日本西教史, いすノ書翰, 信長ヲ訪ヒ、目覺時計ヲ呈スルコト, ○下略、ふろいす、惟政ニ伴ハレテ又, ニ略同ジ、, 及ビふろいす答禮ノ爲メ、惟政ヲ訪フコト、日乘トふろいすトノ對論、ふろ, いす岐阜ニ下ルコト等、前掲日本耶蘇會年報一五六九年六月一日附、ふ, 増補, 第五章, 訂正, 上, 主教, 惟政ト天, 永禄十二年四月八日, 二八一

割注

  • いすノ書翰
  • 信長ヲ訪ヒ、目覺時計ヲ呈スルコト
  • ○下略、ふろいす、惟政ニ伴ハレテ又
  • ニ略同ジ、
  • 及ビふろいす答禮ノ爲メ、惟政ヲ訪フコト、日乘トふろいすトノ對論、ふろ
  • いす岐阜ニ下ルコト等、前掲日本耶蘇會年報一五六九年六月一日附、ふ
  • 増補
  • 第五章
  • 訂正

頭注

  • 主教
  • 惟政ト天

  • 永禄十二年四月八日

ノンブル

  • 二八一

注記 (28)

  • 1127,671,58,1431時機を得て、教を聽聞するを得べしと答へたり、
  • 1707,680,59,2194しむべしと告げよと言へり、パードレは、己の手をとりて案内せる和田殿
  • 1822,672,62,2201状の寫を印度及び葡萄牙に送りて、同地の人々に彼の恩惠の實證を知ら
  • 1357,671,60,2196むより外に、感謝の意を表し得べき術を知らずといへり、和田殿は微笑し
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