『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.43

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御感悦不斜、, 潜に舟より判官か館へ押入、悉退治し、隱岐國を勝手の御手に入る、勝久, 了簡し、陸より案内者を遣し見する、孫三郎、美保關に船懸し、諸勢在家に, 備居るよし告來、然らは夜討にせんと評議し、鹿介をは陸より遣し、久綱, 官職之義、貳ケ所申付候、彌忠義奉公肝要候、仍状如件、, 拾餘人の首を美保關に切懸、久綱は翌日美保關を出船し、隱州へ渡海し、, 逆心之時、既可有再亂處、即時到美保關寄掛切崩、隱州迄屬本意候、其外於, 今般入國之義、其之以馳走、相達本望、家再興之義、太喜悦候、殊隱岐孫三郎, 兩陣より稠敷切懸る、敵に逢んとする者は一人もなく、悉落行、久綱、美保, 勝久感状寫, 諸所粉骨、裕云恰云名譽之義、無比類候、就者知行分貳千貫餘宛行候、并代, 乘せ、急に追懸、折節逆風也、隱州へ渡海難成、浦邊に船懸りせんと、立原も, 關者共に道々警固し、孫三郎落すなと下知す、判官廿騎計にて引離、落行, 所を追懸、一人も不殘討捕、孫三郎か首并首三ツ爲持、勝久へ注進仕、百六, 海上より寄さ、海陸一度に時聲を揚る、敵思ひもよらぬ事なれは、周章噪、, 永祿十二年七月三日, 郎ヲ美保, 關ニ攻メ, 久綱孫三, 勝久ノ感, 隱岐ヲ取, 之ヲ殺ス, 状, ル, 四三

頭注

  • 郎ヲ美保
  • 關ニ攻メ
  • 久綱孫三
  • 勝久ノ感
  • 隱岐ヲ取
  • 之ヲ殺ス

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  • 四三

注記 (25)

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