『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.442

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をやううんこさい, ろこ、御よろこひのよし、このたひもうけた〓はり候、系んゆうここそ候へ, デ、輝弘ノ軍、風ヲ聞キテ潰ユ、輝弘、周防富海茶臼山ニ自殺ス、, 御文御うこしく見りゝ、しめし給候〓く、すおし比文して申りゝとこ, 一日も申候〓く、いかはかりやましろ方物ことこ、このはうの儀はしりめ, くり、わすれかたきまてニ候、これのみつ手〳〵申事こて候、しかるうへ、こ, □や御心ともにて候、よろつこのあひたの〓く申あはせへきまてと候、な, 方あひさためられ候よし、めてたくかんゆうニ存候、はる中こなたへ□〓, 尚々、わさとつかひをもつて御文、ひとしほよろこひりゝ、, 吉川元春、大内輝弘ヲ周防山口ニ攻メントシ、是日、長門長府ヲ發ス、尋, 〔萩藩閥閲録〕, 態飛脚差下候、則到來候、五ケ村一揆其許至山下相動候哉、然者各差下及防, のころもいかて〓つ□□あるへしや、なによりみやうせきの儀、まこ四郎, ひら川こうしつへと手富, 永祿十二年十月二十日, 〓〓, と手富, ○以下, 闕ク、, 十九, 兒玉四郎兵衞, 城守ノ名, 代トナル, 五ケ村一, 孫四郎山, ノ書状, 千葉胤富, 揆, 永祿十二年十月二十日, 四四二

割注

  • ○以下
  • 闕ク、
  • 十九
  • 兒玉四郎兵衞

頭注

  • 城守ノ名
  • 代トナル
  • 五ケ村一
  • 孫四郎山
  • ノ書状
  • 千葉胤富

  • 永祿十二年十月二十日

ノンブル

  • 四四二

注記 (30)

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