『大日本史料』 10編 5 元亀元年10月~2年2月 p.982

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りの多勢を引うけ、打して射〓て、あたりへ氏康衆取寄事思ひもよらす, 候、駒井右京寄子五十騎、信玄公外樣近習とて百騎在郷に居申候、小身乃, けて、北條家へ渡し申へきと、小田原衆存知候て如此なれとも、駒井右京, 父くしま上總、父北條上總におとらぬ手柄數度あり、是もせられに左衞, は、右京弓矢にしりとほまれ是なきと甲州乃沙汰を聞及ひ、深澤乃城あ, 旗本衆を二つにわけ、原隼人に五十騎、駒井右京に五十騎指添られ、り樣, 門大夫と云名を讓、己は北條常陸守になる、されは國持給ふ大將ぬ、大合, 衞門大夫と云名と差物を讓、己は北條上總になる、今の左衞門大夫も、祖, 亮さすりに信玄公乃御分別にて、此城にさし置給へは、北條衆三萬あま, 戰大事と云は、北條家見ませにて大負ある故り、又信玄公御武勇不淺故, り、さすか乃北條常陸の守も、黄八幡と云差物を深澤の城に捨を〓逃る、, 一永祿十三午年四月半に、北條氏康公、子息氏政公三萬, 八千乃人數をもつて、駒井右京亮指をりるゝ深澤乃城を取つめらるゝ, 〔甲陽軍鑑, 其差物眞田一徳齋り末子そ下さるゝ, 元龜二年二月二十三日, コトニカヽル、元年正月四日ノ條, ・〇下略、信玄、駿河花澤城ヲ陷ルヽ, 十一, 之下, ニ收, ム、, 九八二

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  • コトニカヽル、元年正月四日ノ條
  • ・〇下略、信玄、駿河花澤城ヲ陷ルヽ
  • 十一
  • 之下
  • ニ收
  • ム、

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  • 九八二

注記 (23)

  • 418,732,64,2124りの多勢を引うけ、打して射〓て、あたりへ氏康衆取寄事思ひもよらす
  • 300,732,64,2122候、駒井右京寄子五十騎、信玄公外樣近習とて百騎在郷に居申候、小身乃
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