『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.69

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戰によく仕る故、姉川合戰信長、家康りちとる奇特、其手柄をはなの先へ, いたし、信玄馬のむきたるにも武篇たてをすると見え候間、必味方少も, へしらひて持たりと被仰、則内藤をめし、あの出たる小笠原衆を城内へ, を合點させ、智略を以敵を多引いたし、武略をよくして備を敵に見せ、其, りら、小身者とちに戰てし、味方大なる御まけと思食、暫工夫あそはして, あ乃〓くなる利發にあまる敵をは、我家の侍大將には、内藤修理よくあ, 柄を仕り、大軍乃朝倉を斬くつす、家康下にそは小笠原家中の者共初合, 細畏て候と御請を申、種々武略をもつて、敵乃わたまへさるやうに備を, きかなたやうに城乃内へ追入て歸り候へ、敵をうち取にもかまはぬ儀, いたし候て、手くはりして、二三乃いくさを、さまくもちよお物りしらを, な〓にいくとりも申ほけ、勝利乃損徳をいひ〓くめ、歩者まそに其理究, なわ、城内乃小笠原衆を押詰押見れはよお〓也と、被仰付候〓)へ、内藤、委, 追入、味方引となにこみ出されさるやうに仕り候へ、彼小笠原衆し、去年, 夏江州姉川にをひて、信長、家康勝利を得候事、信長たにけたるに、家康手, とも、そまは互の事也、小笠原より大身の被官、信玄はいく〓りももちな, 元龜二年三月是月, 内藤昌豐, 小笠原勢, ヲ城内ニ, 押詰ム, 元龜二年三月是月, 六九

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  • 内藤昌豐
  • 小笠原勢
  • ヲ城内ニ
  • 押詰ム

  • 元龜二年三月是月

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  • 六九

注記 (22)

  • 1109,724,70,2106戰によく仕る故、姉川合戰信長、家康りちとる奇特、其手柄をはなの先へ
  • 993,730,70,2115いたし、信玄馬のむきたるにも武篇たてをすると見え候間、必味方少も
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  • 1806,727,65,2114りら、小身者とちに戰てし、味方大なる御まけと思食、暫工夫あそはして
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