『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.655

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ヲイヨ〳〵鬱憤シ、後ニ大ナル合戰ノ基トナリケル也、, テ御輿入ノ砌、西郷三百町ヲ花粧田トシテ、又立花へ付ラレケリ、然レハ, 竝を能知りたる、いづれり此人に優るべきとて、鑑連を筑前の鎭護、又は, 姫君立花へ御輿入ノ前ニ、道雪ノ御計トシテ、元ノ如ク返シ玉フ、是ニ依, 一筑前國は秋月、筑紫、原田、宗像、杉、麻生等の國士多くして、やゝもすれは大, 年極月二日ニ、無恙宗像ニ下著アレハ、上下ノ悦此時ナリ、前條ニ記ス如, 悉く隨へんと豫め謀る乃よし聞えけれは、然るへき大將を擇ひ、立花の, ク、和睦相調刻、西郷若宮ヲ大友方ニ預ケ玉ヒテ、暫ク其分タリトイへ〓、, 其上兩度迄、毛利の大軍筑前へ亂入したるを追散し、中國の諸士も、其手, 毛利家の押へとして、元龜二年正月に、豐後國戸次の庄藤北の鎧り嶽乃, 城主とせらるべしと、大友家の評議一決して、戸次鑑連は智勇の良將也、, 友家に叛き、逆徒の荷擔絶るとれし、其上毛利家より、先當國を取て、九國, 西郷三十六人ノ給人ヲ若宮ニ移シ玉フ、此給人等年來ノ住居ヲ離レ、若, 宮ニ移ル事ヲ腹黒ニ思ヒケルニ、又姫君ヲ立花ニ人質ニ取タルト云事, 〔薦野家譜〕二戸次丹後守鑑連立花に移らるゝ事, 小金原合戰ノ, 基本是ナリ、, 筑前ノ形, 鑑連毛利, 氏ニ備フ, 勢, 元龜二年七月十三日, 六五五

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  • 小金原合戰ノ
  • 基本是ナリ、

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  • 筑前ノ形
  • 鑑連毛利
  • 氏ニ備フ

  • 元龜二年七月十三日

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  • 六五五

注記 (23)

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