『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.730

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日夜の苦戰止む時なし、是皆私の武威を輝し、我か領知を廣めんとの望, 貞深き人なりしろは、前年石松源五郎豐府より立花へ使に來りし時も、, 數十箇條の諫言を奉給ふ、數年立花の外藩に在城して、四方に敵をうけ、, は聊なく、專に大友家に對して、節義乃操堅固にして、進んては名を求め, を落すへしと、道雪、紹運安き心もなろりらり、道雪は智勇の良將、殊に忠, 士の領地を掠略し、又は燒拂〓る故、立花道雪、高橋紹運甚是を歎き、義統, 一天正十二年に成〓れは、龍造寺、秋月兵勢漸く盛に、大友家ハ武威日々に, を將ひて出馬すへしとの返答まてにて延引す、斯ては諸方の身方彌力, 衰へしかは、筑紫、原田を始め、悉く募りて、大友方とて希有に殘りたる國, ○秀吉、大坂城ヲ築クコト、十一年八月二十八日ノ條ニ見ユ, 御出馬有て、御敵退治然るへしと、度々豐府へ申入らまはる、義統豐後勢, 同國薦野ノ薦野増時ニ、近ク大友義統ノ出兵セ, す、退ひては罪を避さは忠臣也、道雪を豐後府内に置給ひ、政を任を給は, 筑前立花ノ戸次道雪, 〔薦野家譜〕三立花岩谷より豐府へ大友義統出勢の催促申さまゝ事, ントスルヲ報ズ, 連, 鑑, 連鑑, 戸次道雪, 掠略ス, 勢衰フ, 筑紫原田, 大友氏ノ, 高橋紹運, 等大友氏, ノ領地ヲ, 馬ヲ促ス, 義統ノ出, 天正十二年三月五日, 七三〇

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  • 連鑑

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  • 戸次道雪
  • 掠略ス
  • 勢衰フ
  • 筑紫原田
  • 大友氏ノ
  • 高橋紹運
  • 等大友氏
  • ノ領地ヲ
  • 馬ヲ促ス
  • 義統ノ出

  • 天正十二年三月五日

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  • 七三〇

注記 (31)

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