『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.14

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部モ三河カ被官モ、アマタノ疵ヲ蒙リケル, 高橋兩家を敵方よりか〓恐れて、手詰の勝負を決せざるが故也、原田は早, 原田親秀は、龍造寺の麾下と成し故、龍の雲を得たるが如く、小田部、大〓は, 良郡を過半手に入れて、此比は山を越、那珂郡へも働けるが、岩門郷久邊野, にのり、久邊野に砦を構へし事、道雪面目を失ふ所也、不日に追散らせとて、, の小水に息つぐ有さ冬なり、安樂平、鷲岳の兩城今まて持堪へし事は、立花、, を聞給ひ、親秀が山を越て、那珂郡へ働事奇怪なれ共、〓多けれは閣しに、勝, けれ共、小勢といひ、殊に寄手稠敷攻ける故、其日の午の刻終に乘破り、敵數, と云所に砦を構へ、家人笠大炊介を將として、三百餘人籠置けり、道雪此由, 大友家よりの助成もなけれは、次第に原田、筑紫に領地を狹められ、偏に魚, 多討取ずる、殘兵は早良郡へぞ迯去けり、砦に火をかけ燒拂ひ、立花へ歸ら, 助、小野和泉守等也、四月十六日、東雲未引さる比より、久邊野の砦に押寄、軍, 勢を二手に分て、東西の城戸より攻詰ける、城兵も矢石を飛はせ防は戰ひ, 左近將監統虎を大將として、一千餘人を指向らる、先駈は薦野三河守、同彌, 薦野家譜〕ニ那珂郡久邊野切寄攻崩乃事, 下略, ○上, 信ノ摩下, 道雪統虎, 原田親秀, ヲシテ久, 龍造寺隆, 郡ノ過半, 親秀早良, ニ屬ス, 邊野ヲ攻, ヲ占領ス, メシム, 天正十一年四月十六日, 一四

割注

  • 下略
  • ○上

頭注

  • 信ノ摩下
  • 道雪統虎
  • 原田親秀
  • ヲシテ久
  • 龍造寺隆
  • 郡ノ過半
  • 親秀早良
  • ニ屬ス
  • 邊野ヲ攻
  • ヲ占領ス
  • メシム

  • 天正十一年四月十六日

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  • 一四

注記 (30)

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