『大日本史料』 11編 15 天正13年4月 p.2

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く戰陣すへきそや、立花・高橋兩勢を以て西牟田を攻取へしとて、豐府の諸將には秋, いたすへしとそ催促せられける、されとも義統も旗本の長臣有司も此議に同意せす、義, ひかへたり、これに依て、道雪・紹運を始め高良山在陣の諸將より羽檄を飛せ、去秋以, にも及はす、城を開て簗河へそ引取ける、道雪・紹運即簗河柵際まて押よせ給ふ處に、, 統は日田郡まて出張して秋月をおさゆへし、高良山在陣の人數を以て、龍造寺・筑紫と, 馬を出され、吉例にまかせ高良山に御旗を立給はゝ、先手の諸軍身命を輕んして忠戰を, 月・筑紫を押させ、四月八曰、高良山を發騎し、西牟田へ押詰けれは、龍造寺家治一戰, 置ける、秋月種實は筑前國上座郡へ打出、豐前の國士城井・長野・千手等と勢を合せて, て、遠國の出陣を厭はれける故也、道雪・紹運、諸將と評議せられけるは、いつまてか, 戰ふへしとそ下知せられける、是は義統侫人の詞にしたかひ、且は先年日州の敗軍に〓, 城内より人數を出し、退口を慕ひけるを、一戰して悉く追崩し、龍造寺新助を始め數多, 來身方數度打勝、武威甚盛ん也、此時を失はす、御敵共を退治いたすへし、急き義統御, に砦をかまへ、高良山を遠攻にす、草野・星野・問註所か城々へは秋月より加勢をそ入, 討取り、夫より簗河・鷹尾兩城の中間海邊迄放火して、人數を引揚らる、同十日、兩將, 道雪等西牟, 田簗河ヲ攻, ヲ薦ム, 欲セズ, 義統ノ出陣, 義統遠征ヲ, 討死, 道雪紹運等, 龍造寺新助, 天正十三年四月十八日, 二

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  • 道雪等西牟
  • 田簗河ヲ攻
  • ヲ薦ム
  • 欲セズ
  • 義統ノ出陣
  • 義統遠征ヲ
  • 討死
  • 道雪紹運等
  • 龍造寺新助

  • 天正十三年四月十八日

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注記 (25)

  • 612,738,69,2243く戰陣すへきそや、立花・高橋兩勢を以て西牟田を攻取へしとて、豐府の諸將には秋
  • 1103,751,70,2236いたすへしとそ催促せられける、されとも義統も旗本の長臣有司も此議に同意せす、義
  • 1486,746,66,2238ひかへたり、これに依て、道雪・紹運を始め高良山在陣の諸將より羽檄を飛せ、去秋以
  • 367,742,67,2201にも及はす、城を開て簗河へそ引取ける、道雪・紹運即簗河柵際まて押よせ給ふ處に、
  • 986,738,69,2242統は日田郡まて出張して秋月をおさゆへし、高良山在陣の人數を以て、龍造寺・筑紫と
  • 1227,742,69,2241馬を出され、吉例にまかせ高良山に御旗を立給はゝ、先手の諸軍身命を輕んして忠戰を
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