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せられける、道雪・紹運大に悦ひ、豐府の諸將と相議し給ひ、人數を分ち、一手は高良, 諸將驚て、種々醫祷を盡し、病少怠り給ひしか、又九月始より再發して、病惱危急に及ひ, ぬ、小野和泉守・由布雪荷・薦野彌助・同勘解由丞を始め、家士悉く召集め、それ〳〵, れ給ふにや、六月中旬より病にかゝり、起居安からすおはしけれは、紹運を始め豐後の, 山に陣を取て、龍造寺・筑紫を押へ、一手は道雪・紹運とひとつになりて、急き夜須郡へ, たる心地しける、道雪の遺言に、我か屍を立花へは必送るへからす、甲冑兵杖を帶せさ, 出張し、道雪と一手にならるへしとそ議せられける、かゝる處に、道雪〓中の長陣に勞, せ、高良山の麓に西向に葬るへし、思ふ子細ありと宣ひしか共、立花家の諸士評議しけ, 也、紹運を始兩家の士卒はいふに及はす、豐府の諸將も大に力を落し、偏に闇夜に燈消, 懇に遺言し給ひ、天正十三年九月十一日、筑後國北野村にて逝去し給ふ、享年七十三歳, 申越され、立花には十時攝津守を殘し置れ、統虎も薦野三河守を先驅として、夜須郡へ, 合せ、秋月表へ攻懸へし、さあらは義統も上座郡へ押入り、兩方より攻合すへしとそ牒, 押入へしと支度せられ、秋月を退治すへきは此時也とそ勇まれける、立花城にも其旨を, 利あるを見て、日田郡まて出馬せられ、高良山の軍勢を二手に分て、道雪・紹運と手を, 天正十三年九月十一日, 一〇三
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- 天正十三年九月十一日
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- 一〇三
注記 (16)
- 1613,675,64,2254せられける、道雪・紹運大に悦ひ、豐府の諸將と相議し給ひ、人數を分ち、一手は高良
- 860,668,66,2259諸將驚て、種々醫祷を盡し、病少怠り給ひしか、又九月始より再發して、病惱危急に及ひ
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- 129,805,45,435天正十三年九月十一日
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