『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.542

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れぞ幸ひなるかな、狩場に獸物を得たる〓く、勇み進んで待かけたり、遠藤, り、行粧當りをはらひ出陣す、武儀郡の諸將は、早兩遠藤より責集るよし、こ, 勢は橘山に砦を構へ、日の丸の旗風に飜し、魚鱗の備へを立、出陣におよば, 其よしを聞付、こなたより逆寄にせんと、兩遠藤貳千餘人の軍勢を揃へ、遠, 勢進め〳〵と追かける、眞先に井上治左衞門、池戸與十郎、敵の中へ鑓を捻, より、弓鐵炮雨霰の〓く打出し々れは、手負ひ打死數をしらず迯出す、遠藤, 障を著せ、鐵〓眼の鐙に、白磨乃轡をろけ、緋威の鎧に、同し毛の兜を著し、重, 藤の弓に鷹の羽の矢をかざし、采幣振り立乘出す、二番手には、神路木越の, 茂る木に妨け々れば、まゝならず見却す、敵こそ幸ひなりと、遠藤勢木かけ, 正月八日、又もや郡上兩遠藤を責亡さんと、軍勢をもよふし〓るに、兩遠藤, 藤左馬助慶隆、郡上八幡を出陣には、黒鹿毛の馬に貝摺の鞍置、熊の皮の泥, 作りに朱鞘の大小を帶し、羽軍の軍配天に耀し、軍勢おひ〳〵の倚羅を〓, んと催す處へ、敵の諸將は、橘山を追取卷、鐵炮透間もなく打出せども、生ひ, 遠藤胤直、月毛の馬に打跨り、四方白の灰皿に黒糸綴の鎧、龜甲の腹當て、金, つて向ひ々れは、續て遠藤作右衞門、野田宗兵衞、三木五兵衞、村山三右衞門, 天正十一年閏正月十二日, ヲ構フ, 橘山ニ砦, 日の丸ノ, 旗, 天正十一年閏正月十二日, 五四二

頭注

  • ヲ構フ
  • 橘山ニ砦
  • 日の丸ノ

  • 天正十一年閏正月十二日

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  • 五四二

注記 (22)

  • 889,568,60,2199れぞ幸ひなるかな、狩場に獸物を得たる〓く、勇み進んで待かけたり、遠藤
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