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さ、栃木城皆河平右衞門尉かたこも用意し、その近邊を堅固にそ守りけ, をんと思ふにもあらす何れ勝あたを見て居たりける、右之趣皆河へ聞, けたる其中へ、八方より火を懸たる折あら、風はけしくして、遠見の櫓神, 搦手より責入る事叶はす、評定して、先夜討に大平山へ押寄、山麓に軍勢, る、斯と小田原勢より遠見を出し、皆河城の樣子を見けれは、中〳〵大手, 夢にも知らす有りけるに、天氣打續て、立茂りたる古木の落葉の干し上, 竹義宣には、後詰として大和田へ出陣す、然る所に、佐竹〻皆河家を責落, を忍はせ、山内に忍を入、八方より火を掛、遠見の櫓を燒き拂ひ、其火の跡, 京大夫氏直藤岡へ出陣す、此藤岡の城には、藤岡佐渡守と云し者ありし, へけまは、急きその用意を來し、鹿沼の城主壬生上總介義雄へも告知ら, か、天正十七年丑午四月、小田原の爲メに落城す、其故に此城に著陣す、佐, 社佛閣一時に烟とそ成りて失たりけるは、あらおそろし友事共也、其火, に續ゐて責とり、大平山を乘取り、其所に陣を張、皆河城を眼下に下し責, 討は、たやすかるへしと評定す、頃は天正十二年甲申七月十六日, の夜、藤岡へ出陣し、九ツ時大平山の麓に著陣す、是を皆河方, 天正十二年七月十五日, 天正十二年, 實記は、, 小田原, 四月と有、, 義重大田, 廣照鹿沼, ノ壬生義, 和ニ出陣, 雄ニ北條, 氏直藤岡, ニ出陣ス, 報ズ, 氏直ノ兵, 氏出陣ヲ, 大平山ヲ, 攻ム, 七七四
割注
- 天正十二年
- 實記は、
- 小田原
- 四月と有、
頭注
- 義重大田
- 廣照鹿沼
- ノ壬生義
- 和ニ出陣
- 雄ニ北條
- 氏直藤岡
- ニ出陣ス
- 報ズ
- 氏直ノ兵
- 氏出陣ヲ
- 大平山ヲ
- 攻ム
ノンブル
- 七七四
注記 (33)
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