『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.302

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陣のとき、, 六騎を預けらる、時に北條家の兵笠間某、初鹿口に出張し、その勢ひ近郷, 男守友舊領千七百十貫八百文をたまひ、また彼か配下に在し同心五十, 御麾下に屬し、男昌吉をゐて、甲斐國市川の御陣營にいたり、東照宮に拜, に振ふ、虎吉案内者たるにより、兵をひきゐてこれを追うつ、甲斐國靜謐, 右府、武田家の餘類を搜り索め〓、これを〓す乃聞えあるにより、またふ, 〓し、仰によりて、しはらく駿河國藤枝の東雲寺に籠居す、このとき織田, だかに御旨をうけて、伊勢國に隱る、六月、右府事あるのゝち、本多彌八郎, するの後、なを彼地にとゝまりて、諸事を沙汰し、先の與力足輕を昌吉に, したかへて遠江國相良におもむく、このとき東照宮再ひ甲斐國にいら, せたまふにより、したかひたとまつり、北條氏直と若神子にをいと御對, 正信、大久保新十郎忠隣か許より、奉書もて仰を傳ふるにより、男昌吉を, 摩郡大野の砦を守り、靄瀬、初鹿、苅坂等の口々をきりぬさく、このとき嫡, 預けらる、東照宮同國尊體寺そましますのとき、守友か男彦兵衞守吉を, 與力五十二騎、足, 輕五十人を預けられ、内藤三左衞門信成、松平玄蕃允清宗と共に、同國巨, 天正十二年五月十四日, ○家康、甲斐府中ニ移リテ、北條氏直ノ若神子, 陣ニ對スルコト、十年八月十日ノ條ニ見ユ, 甲斐大野, ノ砦ヲ守, 家康ニ降, ルノ甲, 三〇二

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  • ○家康、甲斐府中ニ移リテ、北條氏直ノ若神子
  • 陣ニ對スルコト、十年八月十日ノ條ニ見ユ

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  • 甲斐大野
  • ノ砦ヲ守
  • 家康ニ降
  • ルノ甲

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  • 三〇二

注記 (24)

  • 977,702,53,283陣のとき、
  • 489,708,70,2145六騎を預けらる、時に北條家の兵笠間某、初鹿口に出張し、その勢ひ近郷
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  • 1565,703,67,2134右府、武田家の餘類を搜り索め〓、これを〓す乃聞えあるにより、またふ
  • 1681,698,69,2138〓し、仰によりて、しはらく駿河國藤枝の東雲寺に籠居す、このとき織田
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  • 254,707,69,2144するの後、なを彼地にとゝまりて、諸事を沙汰し、先の與力足輕を昌吉に
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