『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.328

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〔大友興廢記〕十与州表へ出陣の事, 出さるゝ、老中御尤也、根を断て末を枯す御分別をかんし奉る、すなわち佐伯紀伊介惟, 州表めししたかへられんと思召、伊豫國の住人萩森治部少輔方へ仰通らるゝ子細は、与, 老中評定有て、土佐國へ御加勢さし渡されしかるへきの旨言上せらるゝ、其頃宗麟公与, 州表のやうたい才覚の手立をめくらし、引入らるゝにおひては、宇和の郡をあておこな, 向の聞へ有、其頃一条權中納言康政公は、大友宗麟公と御縁邊のつゝき有、因茲豐後の, はるへきとの御書さしつかわせし砌なれは、此節西遠寺公廣を御退治なさるへきむね仰, 教・〓原掃部入道宗叱并に御船奉行深栖大藏・若林越後入道道閑四人方へ、面々に御書, を以て仰付らるゝ、其御書に曰、, 伊豫國西遠寺公廣起干戈、土佐國に就發向之聞、与州表ぬ急度企出陣義候条、靄原, 掃部入道以同心、此節一行軍忠可爲感悦候、船誘等萬事無御油斷可被申付候、恐々謹, 元龜三年壬申に、与州宇和の郡の領主西遠寺公廣、干戈をもよほし、土佐國畠の郡へ發, 言、, 若林九郎殿, 宗麟在判, 八月十八日宗麟在判, ヲ催ス, 佐伯惟教等, 部少輔ヲ誘, 宗麟萩森治, フ, 元龜三年七月十九日, 三二八

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  • ヲ催ス
  • 佐伯惟教等
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  • 宗麟萩森治

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  • 元龜三年七月十九日

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  • 三二八

注記 (23)

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