『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.329

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三月十五日, 山の陣を引取、一戰をとけすして勝利を得る事、是良將の威力なり、しかしなから飯森の, 合、此砌別而馳走可令悦喜候、被得御意、船誘等聊不可有油断儀候、恐々謹言、, をとくる事なし、豐後勢はひやうちやうをしめ、とき〳〵鉄炮をならし、ひかへて時分を, し、元亀三年卯月上旬に伊豫國へ押渡る、公廣は与州宇和の郡松葉黒瀬之城に居住なり、, 深栖・若林方へも面々の御書有、さて佐伯・佐賀之關・佐志生・一尺屋浦にて船そろへ, 豐後勢は長串山に陣をとる、公廣の城中はしつまりかへつておともせす、出むかひ一戰, はからふ、公廣もとより名ある大將にて、思慮ふかき分別に軍の始末をさつし、早速家老, 野田左兵衞尉を出し、幕下に属し、自今以後申談へき旨をのへらるゝ、左あるに依て長串, 鶴原掃部入道殿, 至与州表出陣之子細候条、佐伯紀伊助以渡海、一行肝要之段申出候、乍辛勞惟教与申, 佐伯紀伊介殿, 三月十六日, 三月十六日宗麟, 宗麟, 三月十五日宗麟, 公廣松葉黒, 瀬城ニ居ル, 山ニ陣ス, 大友軍長串, 元龜三年七月十九日, 三二九

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  • 公廣松葉黒
  • 瀬城ニ居ル
  • 山ニ陣ス
  • 大友軍長串

  • 元龜三年七月十九日

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  • 三二九

注記 (22)

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