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しを、其後光茂の弟子, れは、僻説ならんもしりかたけれと、ふと思ひよれる事をいはてやまんも、, す、又法名も、便覽には休欲とのす、前に引けるかことし、拾彙撰者の見し便, 光則も、堺に居住のよしに見ゆれは、光吉の從五位下に敍するよしは、もし, 光吉の孫光起、土佐家を再興せしにより、地下, ゆるを思へは、光吉、光則二人ともに、無位無官にて、堺に生涯をおくりしも, のにて、光則の男光起に至りて、土佐家相續のよし、譜略に云へるそとるへ, さすかに心ゆかぬわさなれは、試みにかくはいふなり、猶按ふに、光吉、其子, 傳及ひ系譜に、光吉を光茂の二男, いへと、明證を得されは、しはらく地下傳にしたかへるなり、たゝし、堺鑑に、, 地下傳の僻説にはあらしか、光則の傳には、故ありて官位を申さすなと見, に、土佐光吉, き説なるへき、かく見る時は、光吉をは、五位の部にのすへきならねと、さは, 光起を、光吉の舍弟といへるは請かたし、又或書に、光吉を、刑部、また左近衞, んとおもはるゝなり、されと、こは明證もなく、たゝ末書の上のみの考へな, 將監なとのせたれと、いつれの書によれるにか、おほつかなし、また拾彙〓, に次第して、土佐家を連綿せしなら, 云々とのせたれど、流布の便覽にさること見え, 便覽云、, 始久吉, 拾彙、, 朝名畫, 光元, 或は光, 弟, 元弟子, 皇, 慶長十八年五月五日, 二二九
割注
- 便覽云、
- 始久吉
- 拾彙、
- 朝名畫
- 光元
- 或は光
- 弟
- 元弟子
- 皇
柱
- 慶長十八年五月五日
ノンブル
- 二二九
注記 (29)
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