『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.237

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州友永村千貫の地を被下、, 一、諸大將相語の内、宇津山を取られては、三河へ通路不叶候間、丈夫にかゝへ度と、, 爲汲不申候に付、御加勢被成たく思召候得とも、御人數無之、中根・青木相談仕、甲, 上意の處、誰も可參と申もの無之、然処、竹の谷の松平備後守・子息玄蕃頭、備後は, 隱居なから、私へ被仰付候得と言上、一命を捨候て可申候と被申上、殊之外御悦、遠, 勘七被居候を見て、働候と申、治右衞門は、勘七・藤市の力故、無恙引取候といふ、, 州より和を入候を幸に、城を渡し、濱松へ參候、然れとも城を明渡し候に付、御疑を, 七十騎の世話頭也、是へ二股の城を預ケ、扨自分は天龍川を越、燒働、, ○此節大河内何某方へ御側衆を以て、討死の時、弓掛の緒のメ樣は如何と御尋被遊候ほ, 請、御城下へ無用との上意に付、田舍に居る、, 〳〵驚入、勘七云、畢竟藤市か弓を持て居る故、力にいたし、鉄炮打候と申、藤市は、, ○信玄は久能へ不搆、信濃の芦田のはた頭依田下総・同右衞門尉父子とも武勇也、芦田, との御樣子也、, 一、二股城惣大將中根平左衞門正昭也、城中へ天龍川の水を汲候を、甲州より番人を付、, ケテ蟄居ス, 中根正照家, 康ノ疑ヲ〓, 元龜三年十月三日, 二三七

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  • ケテ蟄居ス
  • 中根正照家
  • 康ノ疑ヲ〓

  • 元龜三年十月三日

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  • 二三七

注記 (19)

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