『大日本史料』 12編 50 元和八年十一月~同年是歳 p.19

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の存候、, 處を、原田右京と申もの・某兩人にてうちやふり、則兩人なから初くび取申候、その, 是も名兵へ可存候、, 勝御さかつきを被下、其上御太刀をいたゝき申候、そうしや大石幡摩と申人にて候、, 一其後庄内へ本城越前馬を被出候時、大山の城主中山玄番と申人、せきねをかため持候, 初くび取申候、是はいなは名兵へと申もの存候、其人爰元ニ居申候、, きおひにて小中と申所まてきりつゝけ申候、是は米澤ニ居申候うのとろ長右衞門尉存, のてからニ候間、某にくれ候へとしきりに所望いたし候間、とらせ申候、なんは與十, 郎と申もの立合さいそく申候間、出し申候、是は村上に居申候長尾右門存申候、, 高名いたし、其時二ケ所手をおい申候、是はふく嶋ニ罷有候矢野三五左衞門尉と申も, 一因幡つかの目へ罷出候をおしたて、壹人うち申候を、右馬尉と申もの見申候て、度た, かぢの城をせめ申候時、最前ニかけ入、くび一つ取申候、てから仕候と被仰出、則景, 一庄内うしろだと申處にて、最上出羽守と本城越前出合一せんの時、たかいュなのり合, 越國柴田之城主因幡、景勝へ逆心致候時、則景勝御馬を被出候刻、さゞきと申處ニ而, さゞきと申處ニ而, 元和八年十一月是月, 一九

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  • さゞきと申處ニ而

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