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衞を無心元思ひて、城中へのかれ入人々には、眞田左衞門は何と成候と、毎, 人に尋しか、眞田殿き天王寺前にて、大勢の中へ掛入、馬上にて戰、其後鑓十, 御先途の御供三十二人の其中にて、皆一所に蘆田曲輪に詰居きる、父か行, 死骸に並て討死候はん、城へ入事は不可仕と、父左衞門佐か鎧の袖に取付, 日朝食したれまゝにて、明る八日の午乃刻迄、矢倉の下に詰居つゝ、秀頼公, 睨、武士の家に生るゝ輩は、忠義名利を大切にして、父母を忘れ、其身を忘れ、, せとも、〓にくれて東西を不分、大助は城へ入とひとしく落城にて、付たな, 付たれ手を引はなしけれは、大助は殘念けに父を見て、左候はゝ、御城へ參, 候、末世にては必參逢候はんとて別けり、父左衞門佐、さらぬふりには持な, 泣申ニ付、父眞田も軍兵も泣ぬものはなし、左衞門〓を拭、大助をはりたと, 郎等被推組、只壹人に成て、秀頼公の御供して、蘆田曲輪米三矢倉へ籠居、七, 〳〵御文給り候、唯今父御を見捨城へ入候事、存も寄す、父御御討死候て、御, 城へ入し、秀頼公御最後の御供なり、死は頓〓冥途にて廻り逢へし、少時の, 別れを悲む事、弓矢の家にて生たる身、甚未練なり、早々御城へ可入とて、取, 本計にて鑓玉に被揚、討死せられ候と、慥に申者有たれは、大助それより〓, 幸村大助, ヲ諭ス, 歸ル, 大助城二, 元和元年五月八日, 二六六
頭注
- 幸村大助
- ヲ諭ス
- 歸ル
- 大助城二
柱
- 元和元年五月八日
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- 二六六
注記 (21)
- 391,617,72,2221衞を無心元思ひて、城中へのかれ入人々には、眞田左衞門は何と成候と、毎
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